僕が大学生のころに知り合った女の子は、僕を見ていった。
「なぜあなたはそんなにダサいの?」
ダサい? この僕が? 言っている意味が分からなかった。だからその通りに言った。
「気づいてないの?」と彼女は目をアボカドの種みたいに丸くして言った。
「……ねぇ、人間は生まれつき不幸に作られている」
「誰の言葉?」
「ジョン・F・ケネディー」
翌週から、彼女は学部イチのイケメンと付き合った、ありそうな話だ。
- ✔ 村上春樹 UT コラボTシャツはダサい……? 22歳女子大生の場合
- ✔ 村上春樹 UT コラボTシャツはダサい……? 25歳東京大企業OLの場合
- ✔ 村上春樹コラボTシャツはそれ自身、解決できない矛盾を抱えている
「イケメンなんて、みんな、糞くらえさ」
僕はそういって独り言ちていた。いつものバーで山もりのポテトフライを食べながら。その様子を見かねた友人は言った。彼は、原宿の服飾学校に通っていた。
「でも確かにお前はダサいよ」
「ダサい? でもファッションにお金はかけたくないし、どうしたらいいのかわからない。どのブランドがいいのかもわからない」
「それなら……」と彼は言って、ブルームーンを飲みほした。野菜スティックのきゅうりのように青白く細い指に血管が浮かんでいた。
「ユニクロだな」
「ユニクロ」僕は笑いながら答えた。けれど、彼は大真面目だった。
「ユニクロだよ。お前、バカにしちゃいないか。ユニクロがダサい。ユニバレなんて、過去も過去。恐竜が生きている時代の話だぜ。おれは、本気で、おすすめしている」
彼はそういうと、トイレと言って席を立った。
彼が戻ってくるまで、僕はユニクロのオンラインサイトを見ながら、店内にかかっているビリーアイリッシュを聞くともなく聞いていた。
「いいか……ユニクロはお前が思っているよりはるかにすごい。服飾の専門学校に通っている身分から言うと、あのレベルのものをあの価格で出してくれちゃあ、ほかのアパレルブランドなんて勝ち目がないね」
「でも、何を買ったらいいのかわからないよ……」
「とりあえず、UTか、ユニクロUかっときゃあ大丈夫だから」
先日の夜、その友達からラインがきた。
ーーーこの作家、お前が好きだって言ってなかったっけ?
僕は何度も見返した。
そこには何度も僕が読み返した作品たちのTシャツがあった。
やれやれ。
ユニクロ、分かっている。やはり村上春樹は初期に限る。特に羊三部作なんて、最高だ。
でも僕は知っていた。この世の中には「村上春樹」というだけで拒絶反応を起こす人もいるということを。
それに、僕にはこのTシャツがお洒落かどうかなんてわからない。猫がサーモンとマグロの違いをわからないように。
だから聞いた。2人の女子に。僕が2番目に寝た女の子と9番目に寝た女の子だ。
9番目に寝た女の子からの返信はすぐきた。
✔ 村上春樹 UT コラボTシャツはダサい……? 22歳女子大生の場合
結論 羊男のピンズは可愛いってことだ。やれやれ。
✔ 村上春樹 UT コラボTシャツはダサい……? 25歳東京大企業OLの場合
結論 「ノルウェイの森」と「ダンス・ダンス・ダンス」はいい感じらしい。⇒「ノルウェイの森」は原作知っている人は無理じゃないかな……?
ちなみに、僕はピンボールのやつが欲しい。可愛くないか。メッセージも好きだ。
ちなみにこのTシャツの元ネタ?の「1973年のピンボール」は
なんか朝おきたらベッドの中にかわいい双子のおんな子がいたー!ってところから始まる。
✔ 村上春樹コラボTシャツはそれ自身、解決できない矛盾を抱えている
ここで22歳女子大生の言葉を思い出して頂きたい。「特に何も言わなかったらお洒落なTシャツに見える」
もう一度言おう。
「特に何も言わなかったらお洒落なTシャツに見える」
つまり、何もないまっさらな視点で見ればいいのだ。僕らに求められているのは、
コラボTシャツをただのTシャツとしてみること。それだけのことだ。
でも、いったいそれはどうしたら可能なんだろう。ユニクロという資本主義の頂点に立った大企業が、村上春樹という日本の文学のアイコンを使って作ったTシャツにつけられた記号的意味をどう拭えるのだろう。
無理だ。
村上春樹とUTのコラボTシャツは、村上春樹とUTのコラボTシャツであるがゆえにお洒落でもお洒落に見えない。
彼女の言葉を思い出そう。
「でも、村上春樹コラボって言っちゃうと、良くないというか人を選びそう」
僕らに求められているのは、村上春樹などつゆも知らないまっさなな女の子だ。オーストラリアの芝生のようにさわやかな陰毛を持つ女の子だ。ちなみに、日本で一番芝生の生産量が多いのは茨城県だ。
「100万人のために歌われたラブソングなんかに」ハルイチは言った。
「僕は簡単に思いを重ねたりしない」
100万人以上に読まれた物語と、1億人以上に着られた会社のTシャツ。
お洒落なんて何もわからないけど、少なくともピンボールのTシャツは買おうと思う。
ピンボールのTシャツにジャケットを羽織って、六本木かどこかのバーで女の子に話しかけよう。
誰にも相手にされなかったなら、それは僕が誰にも相手にされなかったということだ。