吾輩は20卒である。

20卒のサラリーマンです。日々のこと、読書のこと、創作活動のこと等をつらつらと書きます。みなさんに楽しんでいただけるよな記事を書けるようになりたい。

【芥川賞】破局/依存症者たちの物語

吾輩は20卒である。

前回の芥川賞受賞作「破局」を読んだ。彼女に借りて読んだ。

 


【第163回 芥川賞受賞作】破局

  

・あらすじ

慶応大学に通う「私」は「灯」と出会った。「麻衣子」というエリート女子大生の恋人がいたけど「灯」はかわいいしセックス気持ちいいし「灯」に乗り換えた。でも「灯」がセックス依存症っぽくなっちゃったし、振られたから追いかけたらケーサツに捕まっちゃった。

 

・感想

面白かった。

この本は依存症者たちの物語だ。

主人公は常識・マナー依存症。灯はセックス依存症。麻衣子は男性依存症。膝は夢、アルコール依存症

主要な登場人物はあくまでこの四人というか、大体主人公か灯か麻衣子の話をしている。

で、徹底されているのが、主人公視点の描写。とにかく、徹頭徹尾感情というものをあまり持たず、観察者に徹しているような語り口、中二病全開の目線で小説内の世界を見ることを強制される。

これはニヒリズムだろうか……?

否、傲慢なだけと思われる。だって、出身校の教え子たちを指導する際に、つらいだろうなっていう感情は理解している描写があるし…

でも、その傲慢が、自慢の筋肉と正論に隠されているから非常にたちが悪い。誰も注意できない。現実世界でもたまにいるよね……ガタイよくて正論言って煙たがられる人。

でも、それがこの物語からなかなか見えてこないのは、すべて主人公の目線から語られるから。主人公の「強者」の目線から語られているから……

この主人公は、あるいは彼女にAV見せて「今日こんな感じでお願いね(^_-)-☆」とか言っちゃいそうな感はあるんだけど、そうはならない。なぜなら、常識人間だから、彼の行動の規範、他者評価の基準、それらはすべて「常識・マナー」

 

人は何かに「依存」せずには生きていけない。

インベスターZという漫画で、僕が一番好きだったセリフだ。

僕もそう思う。そして、この「依存」というテーマを背負った本作の特徴は、およそすべての登場人物が「まとも」ではないのだけれども、幸せそうに見える点だ。

麻衣子は主人公に振られたことに我慢ができず、主人公にしっぺ返しをしても新しい男を捕まえて満足そうだし、

膝は「やっぱ将来心配だから就職するけど、お笑いは諦めてないから! 全部が笑いの師匠! 雲も空も、そこらへんの雀も!」と結局は夢を捨てきれていないし、

灯は「もう誰とでもセックスしちゃうわん!」と開き直って吹っ切れているし、

主人公は警察に組み伏せられても「そういえば、俺っていつでも寝ていいんだ!」と謎の悟りを開いている。

この物語がどこか面白く、そして次々読み進められるのは、僕が弱者だからかもしれない。

この物語の主人公は強者だ。そして、その強者の目線で物語は進む。

主人公は自分の悪口に動じないし、何か自分に非があることで心を病んだりもしない。正義とマナーは自分にあり、結局は悪いのは自分以外、常識マナー以外というのを知っているからだ。

だからある意味、物語の予想ができない。

いや、大枠の物語は特に何の変哲もなく「・あらすじ」に書いたように進むのだが、主人公の行動が読めない。

それが村上春樹の描く主人公像と被らないのは「破局」の主人公が、「常識・マナー」というレールの元に動いているからだろう。村上春樹の主人公が、ナルシシズムとちょっと理解しがたい哲学の下動いているのに対して。

 

クライマックスで、主人公が「常識・マナー」を捨てるところ(人の目を気にせず灯を追いかける。暴力沙汰にもなる)の急展開が、多くの人にとって急展開と感じられないのは、主人公が「常識・マナー」に囚われていることが、読み取りにくいからなのだろう。

逆に言えばそれだけ、「常識・マナー」は僕らの頭に、目立たない形で刷り込まれている。