吾輩は芥川賞を全部読む。

20卒のサラリーマンです。日々のこと、読書のこと、創作活動のこと等をつらつらと書きます。みなさんに楽しんでいただけるよな記事を書けるようになりたい。

【20卒】コロナとパチンコと人の性(さが)

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斎藤佑樹

 

大阪に来て、もうすぐ一ヶ月が経とうとしている。

越してきた新しい大阪の街は茨城の実家近くを思い起こさせるくらいには田舎だった。

その田舎で初めて目に飛び込んできたパチンコ屋の看板がこちら。

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ここまでくると、もうすがすがしい気がする。

オーストラリアではカジノにめっきりはまっていた私だったが、パチンコにはすっかりである。

それでもコロナ禍でパチンコ通いを辞めない人たちが避難されているのをみるにつけ思い出すことがある。

それはオーストラリアで働く人のための研修を受けていた時のことだ。

手短に説明すると、私はカジノが好きすぎて、一時期オーストラリアのカジノで働かこうと考えていた。

で、オーストラリアのカジノで働くには、RCG(Responsible Conducting Service of Gambling)

という資格を取る必要がある。要はカジノをとるための免許だ。

まぁ、本当に自動車教習所の座学みたいな研修を受けるのだけれども、その一環として、カジノがどれだけ恐ろしいかのビデオを見させられた。

 

そのビデオによると、カジノというのは金の還元率が約80~%(詳しい数字は忘れたけど確かこのくらい)

私が働いていたシドニーがあるnsw州では、80%を下回ると違法らしい。

日本円に直して言うと、100円突っ込んで平均で80円を下回らなければ違法だとか。

 

あとはシドニーのカジノではそこかしこに時計がある。

これも法律で定められていることを知った。つまり、時計がなくて、ギャンブルに熱中しすぎてしまうことを避けるためだ。(これはラスベガスのカジノでは逆で、ラスベガスのカジノには時計がないらしい。恐ろしい……)

 

で、そういうビデオを見せられた後に、ギャンブルで破産していく人の人生の紹介。

ちょうど、日本でいうところの「ノンフィクション」のようなものだった。

三人くらいが紹介されたと思う。

40代の主婦で、息子二人を送り出した後にカジノに通う女の人が一番初めだった。(オーストラリアのカジノは24時間やっている)

彼女は息子二人を送りだした後、すぐさまカジノに向かう。もう、子供の進学のための貯金にも手を付けてしまっているというのに……

 

「カジノにはさ、日常生活にはない刺激があるからやめられないのよ」

ギャンブル中毒になった70歳のおばさんは言っていた。

 

この感覚はわかる。

私はルーレットが好きだったが、そこで当たった時の血が熱くなるような快感、全身の血のめぐりが速くなって一気に目が覚める感覚。そして理性が遅れて把握する。自分はただ、チップをテーブルに置いただけで、一週間分の給料を稼いだことに。

 

もう夢も負えないような年の日常の中で、その快感だけはリアルで刺激があって、病みつきになるようなものだった。

 

そのビデオは最後にこう締めくくっていた。

「カジノに勝った、その一瞬の快感の経験が、一生をダメにすることもあるのです」

 

このとき、私はあることを思い出していた。日吉で受けていた心理学の授業の内容である。

 

ネズミをある実験部屋にいれる。

そしてその実験部屋にはAのボタンとBのボタン、二つのボタンがある。

Aのボタンからは押したら必ず餌がでる。しかし、Bのボタンからは、押しても一定の確率でしか餌が出ない。まずこれをネズミに覚えさせる。

この条件を整えた後で、AのボタンとBのボタンのどちらのボタンからも、餌を一切でなくする。

 

どうなるだろうか?

 

ネズミは必ず餌が出ていたAのボタンはすぐに押すのをやめるのだけれど、Bのボタンは永遠に押し続けるのである。

 

シドニーのビルの一角でビデオを見ながら、私はこのことを思い出していた。

 

このことはおよそ幅広く人生においていえる気がする。

なんでも……、音楽、芸能、お笑い、スポーツ……

一度成功してしまうと、自分がBのボタンを押しているのにも気が付かず、ずっと押し続けてしまう人は少なくはないのかもしれない。

 

もう餌は出ないのに。

 

そういえば、以前どこかでスマホのゲームに一番金を使っている層がどこか聞いた。

 

パチンコに課金している層だそうだ。

 

頭が悪い快楽主義者は永遠に搾取されるのか。

 

そんなことを最近再開したパチンコ屋に行く老人たちを見て思った。