吾輩は芥川賞を全部読む。

読んだ本の書籍レビューを軸に好き勝手書きます。作家になりたい大学生。来年から働きます。経済学部、専攻はマーケットデザイン。

クリムト展とグレート・ギャツビー

チャオ(^_-)-☆

 

ぼくがだれかって? 

ツナ缶プロテイン。新卒さ。

体はマッチョ。頭脳は(平均的な)大人。

 

私文の最高峰→飲食という世にも奇妙な進路を突き進んでいるのさ。

 

飲食店という戦場で起こる日々をつづっていく。

 

ひとつよしなに。

 

今日はちょっと番外編。

 

 

 

 去年のゴールデンウィークに何をしていただろうと携帯をいじっていたら、クリムト展に行ったという写真が出てきた。

klimt2019.jp

 

現在はコロナウイルスの影響でどこの美術館もしまっているが、(のくせに飲食店はわりとやっているし、なんなら通常よりもお持ち帰りの売り上げが増えたりしている)

 

再開したらぜひ横浜のバンクシー展に行きたいものだ。

 

閑話休題

 

クリムトの絵はすごかった。

 

話はそれるが、わたしはスコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』が好きだ。

 

そして、スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』が好きな人はクリムトも好きだと思う。

 

ファビュラスという言葉が安売りされて今、クリムトの絵と『グレート・ギャツビー』の本質はファビュラスであり、フランボイアス(flamboyance)であると思う。

 

 

グレート・ギャツビー』の作者について一言。

 

作者であるフィッツジェラルドは、若くして文学的な地位を確立すると、妻のゼルダとともに、金に任せた奔放な生活を送った。

 

その生きざまが作品として昇華されているのが、『グレート・ギャツビー』だ。

 

ギャツビーも、フィッツジェラルドも「清貧」なんて言葉を信じてはいない。

 

人生は一瞬のきらめき。

 

そのまばゆすぎる、嘘のように明るい光こそ、人生の本質があると悟っていた。

 

それがフィッツジェラルドの生きざまに、そしてギャツビーの生きざまに表れている。

 

だけれどもギャツビーの死後、そうした生きざまによって得られるものがほとんど何もないことを示し-)-☆

 

 

 

ぼくがだれかって? 

 

ツナ缶プロテイン。新卒さ。

 

体はマッチョ。頭脳は(平均的な)大人。

 

 

 

私文の最高峰→飲食という世にも奇妙な進路を突き進んでいるのさ。

 

 

 

飲食店という戦場で起こる日々をつづっていく。

 

 

 

ひとつよしなに。

 

 

 

今日はちょっと番外編。

 

 

 

 

 

 

 

 去年のゴールデンウィークに何をしていただろうと携帯をいじっていたら、クリムト展に行ったという写真が出てきた。

 

klimt2019.jp

 

 

 

現在はコロナウイルスの影響でどこの美術館もしまっているが、(のくせに飲食店はわりとやっているし、なんなら通常よりもお持ち帰りの売り上げが増えたりしている)

 

 

 

再開したらぜひ横浜のバンクシー展に行きたいものだ。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

クリムトの絵はすごかった。

 

 

 

話はそれるが、わたしはスコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』が好きだ。

 

 

 

そして、スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』が好きな人はクリムトも好きだと思う。

 

 

 

ファビュラスという言葉が安売りされて今、クリムトの絵と『グレート・ギャツビー』の本質はファビュラスであり、フランボイアス(flamboyance)であると思う。

 

 

 

 

 

グレート・ギャツビー』の作者について一言。

 

 

 

作者であるフィッツジェラルドは、若くして文学的な地位を確立すると、妻のゼルダとともに、金に任せた奔放な生活を送った。

 

そして”アラバマジョージア2州に並ぶものなき美女”と謳われるほどの美しさを誇ったゼルダ

 

 デビュー作「楽園の向こう側」がいきなり話題となり、続く「グレート・ギャツビー」で確固たる文学的な地位を築いたフィッツジェラルド

 

 

彼らはジャズが鳴り響き、毎夜煌びやかなミュージカルが行われていたニューヨークで、毎晩パーティーに繰り出していた。

 

タクシーのボンネットの上に乗って5番街やブロードウェイを突っ走り、噴水にダイブし、警察官をノックアウトしたりとした、狂乱の「jazz age」らしいエピソードも残っている。

 

 

その生きざまが作品として昇華されているのが、『グレート・ギャツビー』だ。

 

 

 

ギャツビーも、フィッツジェラルドも「清貧」なんて言葉を信じてはいない。

 

 

 

人生は一瞬のきらめき。

 

 

 

そのまばゆすぎる、嘘のように明るい光こそ、人生の本質があると悟っていた。

 

 

 

それがフィッツジェラルドの生きざまに、そしてギャツビーの生きざまに表れている。

 

 

 

だけれどもギャツビーの死後、そうした生きざまによって得られるものがほとんど何もなかったことが示される。

 

そうしたラストでさえ、ギャツビーという人物の生きざまを表すものだし、ひいては作者フィッツジェラルドの生きざまさえも表すものだと思っている。

 

So we beat on... : Like a rolling stone

 

 

大学卒業後に"This side of paradise"(楽園の向こう側)で鮮烈なデビューを飾り、

 

続く"The Great Gatsby"で小説家としての地位を不動のものとし、一躍時代の寵児と呼ばれるようになったフィツジェラルドが、今は人知れず、片田舎の墓で眠っているように。

 

閑話休題。わたしはすぐに話がそれる。

 

そんな、ギャツビーイムズとでもいうような華やかさがクリムトの絵には見て取れた。

 

そんな折、こんなアイフォンケースを見つけました。

 

 

 

すぐにぽちった。到着が楽しみ。

 

ちなみにジョーカーのケースもあるみたい。

 

かなり迷った。ジョーカーの感想、ネタバレはこちら↓

www.tunacanprotein.work

 

今日もいい日になりますよう。