都営地下鉄、三田駅のうんざりする階段を上った先に、彼女はいた。
「ピンクのチェスターコートを着ていますよ」とメールで彼女は書いていたが、その時わたしはチェスターコートが何たるかもわからなかった。
そういえば、今でもチェスターコートが何なのかわからない。
とにかく、彼女は目立っていた。
三田駅にピンクのコートを着ている人なんて一人しかいなかった。
可愛らしい子だった。
芸能人で似ている人を探すアプリを使うと、何度やっても福原愛になるような人。
仮にIちゃんとしよう。
挨拶をして歩き出す。
夜の三田祭は混んでいた。満員電車のような混雑のお祭りのなか、そこかしこでナンパが繰り広げられている。
「俺、政治学部なんだよねー」という明らかに慶應生ではない茶髪イケメンがナンパしている。(慶應に政治学部はない。法学部政治学科はある)
彼女は腕に抱きついてきた。わたしの右腕に、しがみつくナマケモノのぬいぐるみのように巻き付いていた。
上腕三頭筋に柔らかな感触が走る。
はたから見れば、可愛い彼女と学園祭に来る勝ち組だったのかもしれない。
その実態は負け組も負け組、レンタル彼女に金を払って学園祭に来るボッチである。
これ以上情けない男っているのだろうか。死にたい大学生も自信もってほしい。こんなに情けない人でも就活何とかなったよ。
焼き鳥だけ買って、東京タワーまで歩く。
慶應の三田キャンパスからは、結構大きく東京タワーが見えるのだが、実は遠い。歩いて20分くらいはかかる。
当時モンキーパークと名高い日吉キャンパスしか知らなかったわたしはそんなことつゆ知らず、東京タワーの近くまで行って帰るという、意味不明な散歩をレンタル彼女とした。
ちなみに慶應から東京タワーに向かう道にいい感じのカフェとか全くないんだ。この中に今後三田でデートしようとする人がいたら注意してほしい。
その日は寒かったのを覚えている。ひたすらビジネス街を歩いた。
最低のデート。
「わたし、地方出身だから、東京タワー近くで見れてうれしい」
そんなわけのわからないことを言わせてしまって、その日は別れた。
まさか、付き合えるなんて、その時は思ってなかったさ。
続きます。