吾輩は芥川賞を全部読む。

20卒のサラリーマンです。日々のこと、読書のこと、創作活動のこと等をつらつらと書きます。みなさんに楽しんでいただけるよな記事を書けるようになりたい。

校長先生の話と本当の愛  

日吉駅を歩いていると、こんなのが目に入った。

 

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七年前はこんなのなかった気がする。受験生のみんなには頑張ってほしい。

 

くれぐれも現役で合格してそこから七年も大学に居座るようなわたしにはならないでほしい。

 

勉強はそこそこに、ほかの活動に打ち込んで容量よく就活もおわすんやで! と受験生に心でエールを送った。

 

話がそれた。

 

もうすぐ卒業シーズンなので、高校の思い出でも書こうと思う。

 

わたしの高校は茨城では結構有名な私立だった。高校野球のため、と書くと多分高校野球に詳しい人にはできるだろう。

 

そこの校長が、まぁ、見た目は文字通りたぬきじじいだったが、とにかくスピーチがうまかった。

 

スピーチのコツは

 

  • 感情に訴える。(小難しい話をしても伝わらない)
  • 同じメッセージを繰り返す。

 

 

ということをこの人から教わった気がする。それらは、塾講師のアルバイトにおいてもとても役に立った。

 

実際、先生の話なんて、生徒はほとんどおぼえちゃいない。

 

そこで大切なのは、いかに彼らの感情を動かして、能動的な聞く姿勢を作るかだ。

 

そして、高校を卒業して何年もたった今でも、わたしは校長先生のメッセージを覚えているから、ひたすら繰り返すというのはとても大事なのだと思う。(当時は「こいつ、いつも同じ話してんな」とおもったとしても。

 

校長先生のメッセージは一貫して「プライドを持て」だった。

 

「プライドをもて」


校長先生は本当に繰り返し繰り返しこのことを言っていた。

 

「○○学園という立派な高校の生徒なのだから、どんな進路を選んでも誇り、人間のプライドだけは失ってはいけん」といつも言っていた。

 

そしてその校長先生がある時したスピーチをわたしは今でも覚えている。

 

たしか、大学進学か何かの話をしていたのだと思う。

 

壇上の校長先生は、少し間を取って生徒達を見渡した。

 

そして

「君たちのお母さん、お父さんでそうした職業の人がいたら申し訳ないけれど、」と前置きをした上で、言った。

 

「犬のトリマーという職業がある。それは犬の美容師みたいなもので、犬の毛を刈る仕事だ。断じて言うが、君たちはあのような職業については絶対にいけない」

 

壇上の彼は続けた。

 

「君たちは日本の未来を切り開いていくような人材だ。この○○学園から、大学へ行き、社会に貢献するような人間だ。そんな人間は犬の毛を刈るようなことを仕事にしてはいけない」

 

犬を飼ったことがなく、どちらかといえば犬嫌いなわたしでさえ(小さい頃に野犬に追いかけられたから)酷いこと言うな、と思ったのだ。


犬が好き人や家で飼っている人にとってはなおのことだったろう。

 

酷いことを言うな。

 

高校生の頃はこれだけしか思わなかった。

 

他に何を話してたかなんてさっぱり思い出せない。けれども、卒業から実に7年もの年月が経ってしまった今、そのときの校長先生の言葉を時々思い出す。


彼の真意はいまならはっきりとわかる。

 

わたしの通っていた高校は学費が決して安くはなかった。

 

またわたしのように遠方から来る生徒も多く、バス代の定期が月に一万を越えることなんて別に珍しくもなかった。


つまり、非常に金がかかる高校だったわけだ。


そんな高校に通ったのだから、せめて人並みに胸を晴れるというか、人様に堂々と言えるような職業についてほしいというのが、多くのご両親の気持ちなのではないだろうか。


もちろんこれはすごく俗物的で資本主義的な考えだと思う。


教育資本の投下とその回収。


けれども、世の中というのは資本主義で動いている。少なくとも日本はそうだ。


それを考えると、校長先生の気持ちもわかる。

あれはつまり、「こんなに莫大なお金をかけて、君たちはこの高校に通っている。そのリターンはしっかり受け取りなさい。バカじゃないんだから。君のためにも、親のためにも」という、メッセージだ。


あの頃、2013年には炎上という言葉はあったっけ? わからない、けれど今この発言が出るところに出たら炎上はするだろう。


「校長先生が、トリマーみたいな職業にだけはつくなっていってた笑笑」


世の中には確かに真理なのだけれども、口に出して言わない方がいいことが多々ある。


その結果、真理を誰からも学べない人はさらに社会から取り残されていく。


最近はその真理をご丁寧に説いてもあらぬ方向から火を投げられたりもする。


わたしのすきな『夜のピクニック』という小説にこんな言葉がある。(うろ覚えだけと)
「子供の親切は+の親切だけだ。けど大人の親切は、あえて何かをしないっていう、-の親切のことだ」

 

あの頃ああして媚びるでもなく、自分の言葉を伝えている校長先生は今何を語っているのだろうか。

そういえばわたしの高校は携帯が厳禁で(たしか二回持ち込むと問答無用で停学だった)あったが、今も携帯は持っていけないのだろうか。

 

気持ちがざわつく春の夜はそんなことを思い出す。