吾輩は芥川賞を全部読む。

20卒のサラリーマンです。日々のこと、読書のこと、創作活動のこと等をつらつらと書きます。みなさんに楽しんでいただけるよな記事を書けるようになりたい。

『デッドライン』 千葉雅也

 ども。

 

今回の芥川賞候補作の中で、もっとも注目されているのは千葉雅也さんではないでしょうか。

 

哲学者としても活躍している千葉さんの始めての小説が芥川賞にノミネートされましたね。

 

今回はその、哲学者でもある千葉雅也さんの『デッドライン』について書きたいと思います。

 

 

 

✔︎簡単なあらすじ

修士一年のぼくは哲学について勉強している。修論についての研究を重ねる傍らで、ゲイバーや、ゲイとセックスするためのたまり場にも通っているぼくは徳永先生の授業を受けながら、黙々とドトールコーヒーで研究を進めていく。ある時、ぼくがカムアウトをしているのを母親の同級生から聞いた母が泣き、そのことで父が電話をかけてきた。ぼくが激高すると、父はひるんでしまう。

季節は変わっていき、修論のテーマをドゥルーズへ変更したぼくの修論が終わりそうになかった。

提出の締め切り(デッドライン)の日に、ぼくは電話をかけた。

それは父に留年の許しを得るためだったが、父はいよいよ会社がつぶれそうだという。今積み重ねるすべてを失いかねないぼくは、必死の思いで徳永先生に電話をするのだった。

 

 

✔︎登場人物

 

僕(〇〇くん)……修士一年。哲学の研究をしている。徳永先生という先生の下についてはじめはモースの『贈与論』を研究していたが、のちにドゥルーズを研究する。映画サークルに入っている。同性愛者であり、周りにはそのことをカムアウトしている。Kのことが好きである。

K……浪人しているため学部四年だが、ぼくと幼なじみ。映画サークルに入っている。

知子……修士一年。映画サークルつながりのKに後に告白するが振られる。

瀬島くん……美大性。映画サークルに入っている。

ヨーコ……映画サークルに入っている。ヒロイン。のちにKと付き合う。

 

安藤くん……修士一年。僕と同じ学科。

リョウ……修士一年。僕と同じ学科。

篠原さん……修士一年。だが30歳。僕と同じ学科。

 

徳永先生……僕の指導教員であり、哲学の授業を持っている。

 

✔︎あらすじ

 

【起】

修士一年のぼくは哲学について勉強している。実家は会社を経営していて、特に金には困ることなく研究と放蕩の日々を送っていた。ゲイバーや二丁目にも通う僕は同性愛者であることを周りにカムアウトしている。修論を考える際に、学科長にインターネット時代の新たなメディア論をドゥルーズらの思想を使って展開したい、と言ったところ一蹴される。その後、僕の指導教員が決まる。その年に来たばかりの新任の徳永先生という人だった。その先生の一言で僕はモースの『贈与論』をすることに決める。

 

 

【承】

 

修論についての研究を重ねる傍らで、ゲイバーや、ゲイとセックスするためのたまり場にも通っているぼくは徳永先生の授業を受けながら、黙々とドトールコーヒーで研究を進めていく。ある時、ぼくがカムアウトをしているのを母親の同級生から聞いた母が参っていて、そのことで父が電話をかけてきた。

「あなたはそういうの平気かもしれませんが、わたしはそういう女じゃないんです」と母は言ったそうだ。

「冗談だったといいなさい」と父は言った。

とんでもない。とぼくが激高すると、父はひるむ。

季節は変わっていき、修論のテーマをドゥルーズへ変更したぼくは、修論が全く進まない。

 

【転】

修論は第二章で堂々巡りを繰り返し、僕は書けなくなっていた。いよいよ終わりそうにないということが現実として迫ってくる。

提出の締め切り(デッドライン)の日に、ぼくは電話をかけた。

それは父に留年の許しを得るためだったが、父はいよいよ会社がつぶれそうだという。今日融資をしてくれるかもしれない最後の銀行に行くということだ。

「父さんも頑張るんだから、お前もがんばれ」

今、積み重ねたすべてを失いかねないぼくはパニックになり、必死の思いで徳永先生に電話をするのだった。

 

【結】

父の会社は融資を受けられずつぶれてしまった。けれども僕は母の支えもあって、留年できることになった。けれども僕はもっと安いところに引っ越さなくてはいけないし、バイトも始めなければならない。

僕はすべてをやり直さなければならない。僕は何か誤っていたのだろうか。何が僕をここまで連れてきたのだろうか。

✔︎感想

この小説は私小説的要素を多分に含んでいます。

作者のことを調べてみましたが、作者が大学院に通っていた時代と、この小説の設定の時代が重なっています。研究対象もドゥルーズと同じ。

非常に筆がうまく面白く読みましたが、芥川賞受賞はしないんじゃないかな、というのがぼくの感想です。

小説評において「切実さ」はすごく評価される傾向にあると思うのですが、この小説には「切実さ」というものがあまり感じられないからです。

というのも。

ラストの場面で主人公の身には「父の会社の倒産」と「留年」という二つの困難が降りかかるのですが、引きで見ると、結局死にもしないし、自分のアイデンティティが強く揺さぶられるわけでもないんですよね。

結局のところ哲学を勉強する裕福な大学院生の生活が、大きな破綻もなく進んでいくだけなんですよね。

 

例えば大学生活を淡々とつづったものだとすぐに思い出すのが村上春樹の『ノルウェイの森』ですが、あの本は本当「性と死」に振り切ってますよね。だから面白い。

 

村上龍はこの小説を評価しないだろうな、という印象を受けました。完全に独断ですが。

 

それでも、随所に差し込まれる哲学の話を面白く読ませながら、大学院生の生活を色彩をもって描いてるところ、やはり文才はあるのだな、と思います。(ぼくもこんな風に芥川賞候補作になるような小説書きてぇ……)

 

哲学、ドゥルーズ、生成変化といった事項が好きな人にはお勧めです。

 

 

 

✔︎2019 ほかの芥川賞候補作はこちら↓

 

www.tunacanprotein.work

 

明日もよい日になりますよう。