吾輩は芥川賞を全部読む。

読んだ本の書籍レビューが主です。作家になりたい大学生。来年から働きます。

『謝肉祭(Carnacal)』 村上春樹

『謝肉祭(Carnacal)』 村上春樹

 

 


文學界 12月号

 

村上春樹のファンです。

彼の小説はだいたい読んでいまして、何作か彼の文体を真似して小説を書いたりもしました。

そんな村上春樹の新作の短編小説が文學会12月号に乗っていたので読んでみました。

 

 

 

 

 1.感想

久しぶりに読みましたが、村上節が全面に押し出されており、わたしは好きでした。やはり春樹は、「僕」という言葉を使った一人称小説でこそ力を発揮するなぁ、と思います。

 

今回の『謝肉祭(Carnacal)』のテーマの一つは「ブス」あるいは「醜さ」です。

冒頭はこんな文章で始まります。

 

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 彼女は、これまで僕が知り合った中でも最も醜い女性だった。(『文學界』 12月号 p10)

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 セクハラ・パワハラ全盛期のこの時代において、こういうことをサラッと言ってのける春樹はさすがです。あこがれはしませんがしびれます。その後も、

 

 

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 自分が醜いと自覚している醜い女性の数はそれほど多くはないし、それを事実として率直に受け入れ、ましてやそこに幾分の愉しみを見いだせるような女性は皆無とは言わないまでも圧倒的にすくないだろうから。(『文學界』 12月号 p11)

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 と香港のデモ隊のごとく社会に火炎弾を投げ込む春樹はさすがです。

 それでも、今作は秋風のようにどこか哀愁が漂う作品になっています。読み終えたときに、心に少し冷たい風が吹き抜けるような、そんな良作です。わたしは好きでした。少し、物語性に乏しいかもしれませんが。

 2.あらすじ(ネタバレ含みます)

 

「F*」はこれまで僕が出会った中で一番醜い女性だった。だけれども、僕はどうしても彼女にひかれて、しばしば彼女と会っては、音楽の話をした。僕は結婚もしていたけれど、彼女の醜さのために家庭に波が立つことはなかった。

あるとき、「好きなピアノ音楽は何か?」というテーマで僕とF*は話し合う。

そうよ、たった一曲だけとF*はいった。言うなれば、無人島にもっていくピアノ音楽。

僕が挙げたのは、シューマンの『謝肉祭』だった。

その答えについて、F*はなぜだろう興奮していたけれども、結局は賛同して、シューマンの『謝肉祭』について僕らは語り合った。

F*と連絡が取れなくなるまでの期間、僕とF*は熱心にシューマンの「謝肉祭」を聞いていた。頻繁に会っていたけれども、彼女が自分のことを話すことはなかった。僕が何か彼女を聞いても、彼女はあいまいに笑うか、うまく煙に巻いた。彼女は結婚しているみたいだったが、僕は彼女の夫と会うことはなかった。いつも彼女が、夫の不在時に僕を呼ぶのか、夫と離れて暮らしているのかはわからなかったが、彼女の左手には金の指輪があった。それでも、彼女の家にはおよそ夫という男の痕跡が全く見受けられらなかった。

F*と連絡が取れなくってしばらくしたある日、僕の妻がテレビに映ったF*のことを見つけた。彼女は特殊詐欺事件に関与していて、事件の主犯は彼女の夫だった。

僕はそこで激しいショックを受けた。彼女の夫が、まるで職業モデルのような端正な顔だちだったからだ。

もちろん、僕だけではなく、テレビのニュースを見ていた多くの人々がその大型詐欺事件の主犯である端正な顔立ちの夫と、実に醜い顔をした妻とのイメージに好奇心を引き付けられ、あるいはショックを受けたかもしれないけれども、僕のショックははるかに個別的なものであり、局所的なものだった。

それきりF*は僕の生活から消えてしまった。

それよりもずっと前の話。

僕はかなり容姿のパッとしない女の子とデートしたことがある。友達に誘われてダブルデートをしたのだが、その際の友人のガールズフレンドの友達としてやってきたのがその容姿のパッしない女の子だった。僕たちの趣味は全く合わなかったけれど、彼女は僕のことをよく知りたがった。

彼女は別れるときに、僕に電話番号が書かれたメモを渡してくれた。

あとでダブルデートに僕を誘った友人から電話があった。この前はあんなブスな子を連れてきて悪かったな、と。ほかに連れてくる子に予定が入って、寮に残っているのが彼女しかいなかったのだという。彼女もわたしでごめん、と謝っていたと。

それは違う、と僕は思って、彼女に電話をかけようとした。けれども、僕は彼女の電話番号が書かれたメモをなくしてしまっていた。こうして、僕と彼女は永遠に会えなくなってしまっていた。

その一対のエピソードは僕の人生の中の出来事だ。

おそらくそれらがなくても、僕の人生はおおむね今通りに進んだだろうし、僕のいる位置も変わってはいないだろう。

それでも、こうした記憶はふいに僕を揺さぶる。身勝手に進み、木の葉を巻き上げ、草木を一様にひれ伏し、そして家々の扉をたたいて回る秋風のように。

 

(完)