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『奈落』 古市憲寿 あらすじネタバレと感想 動けない歌姫の世界を描き切った作品  

 

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新潮 2019年 12 月号 [雑誌]

吾輩は蔦屋書店でぶらぶらと歩いていたら、新潮の12月号を見つけたのである。

そしたら古市氏の新作が掲載されているということ。とりあえず読んでみる。

 

 

・かつて歌姫で、今は意識はあるが体を全く動かすことのできない香織という女性。

 

・その香織を恨んでいた母、ねたんでいた姉、そして性的な目で見るようになった父、金を儲けようとする芸能の人々と香織を利用しようとする人々の思惑が交錯する。

 

 そんな作品であった。

 

『奈落』のあらすじと感想を勝手に書こうと思う。

 

 

※ネタバレ含む

 

 

 

 

1 簡単なあらすじ

私(藤本香織)は元歌手だったが、代々木第一体育館でのライブ中、足を滑らせて転落し、意識はあるものの肉体が全く動かせなくなってしまった。母は香織のことをよく思っていなかったが、事故当初は娘を心配していた。姉は香織のことが妬ましく思っていて、そのうちに香織のお金を手に付け、事故で動けない香織に代わって彼女の作品を手掛けていく。父は家でもおとなしい男だったが、動けない香織がリハビリ施設から実家に運ばれると、香織の性器を下着の上からまさぐったり、ペニスを挿入しようとする。

香織は彼らに対する怒りから意識を保ち生き永らえ、体は少しづつだが動くようにはなるが、自分の意思表示をできるようになるまで回復することはなかった。

 

2 登場人物

【香織】 主人公。歌手だったが、事故で全身を動かせなくなる。意識はあるが、それを表明できない。病院→リハビリ施設→自宅と物語上では暮らす場所が変わる。

 

【姉】 香織のことを疎ましく思っていた。香織が動けなくなってからは、香織の作品や本の企画に口を出すようになり、次第に芸能事務所などとも交渉するようになる。

 

【母】コミュニティで女王にならなければ気のすまない女性。

【父】口数少ない私立高校教師。

 

【海くん】香織と一時期デートしていた男。香織の作詞作曲も手伝っていた。

 

【帆波】香織と同時期にデビューしていた歌手。売れるために誰とでも寝ていた。

 

 

 

 

 

 

3 『奈落』あらすじ(ネタバレ含む) ※各章の〈〉内の数字は香織が動けなくなってからの日数。

 

〈6139〉

 動けない私(藤本香織)は自室の天井の穴の数を数えていた。そこへむかしの友人の海くんが表れて、朝食を私に見せつける。そのあとで、ミキサーにかけて、それを香織に飲ませた。

すぐに口を閉じてもういらないことを示す香織に、母は、もっと食べなきゃだめだよという。

香織はそんな母のことを軽蔑していた。

母はどこにいてもコミュニティの女王になろうと躍起になっていた。そんな母が、香織は嫌いだった。音楽をやったのも、実家から出る手段が欲しかったからだ。

 

〈9〉

香織の元に姉がやってくる、ガムをかむ音がうるさいと、香織は感じる。

香織は姉も嫌いだった。依存体質で、付き合おう男によって服を変えるような主体性のなさ、依存先を常に探して生きているような生き方が。

それになにより、姉といると自分のルーツは姉のような人間と同じであると思い出させられるのが苦痛だった。例えば嫌だったものの、一生に何回もないからと行った姉の結婚式で、酔った男に服の中に手を突っ込まれたけれど、警察に行くと声を荒げた香織を回りの人間は冷たく見ただけだった。芸能人が冗談を本気になって騒いでいる、と。

 姉は姉で、香織のことが憎かった。いつも主役の座を自分から奪ってしまうからだ。だから香織が事故にあった時も、何も感じることはなかった。

 

〈13〉

 昔作詞作曲を手伝ってもらい、恋心のようなものも抱いていたけれど、結局キスもすることができなかった海くんがお見舞いに来る。

 動けない中で、肛門のほうに感覚を感じて香織は自分がおむつの中に排泄しそうなことを悟る。海くんの前で排泄はしたくないと、我慢しようとするけれどもできずに、香織は自分のおむつに排泄されたのを感じる。

 その時、海くんが香織のことを覗き込むように顔を近づけてキスをした。自分が好きだった人との初めてのキスがこんな形でなんて……と香織は恥と屈辱の感情に襲われる。

「目を覚ますと思ったんだけどな……」と海くんは言った。

 海くんは香織とキスしたことを公開していた。彼女の口からは腐ったザクロのような臭いがしたからだ。彼はそれを死人の匂いだと思った。

 

〈33〉

 香織は姉も母も父も嫌いだった。だから、モデルになれるほどのルックスもなかったし、小説を書くほど文学にも興味をもってなかったから、音楽を始めた。

 医者がやってきて香織のことを群馬の病院に移してはどうかと提案する。医者たちは、香織に意識があるのかどうか、疑わしく思っている。そんな医者の中でも、若い一人の医者は、香織に意識があるだろうと思っていた。彼は香織に語り掛けた。彼によると、昔香織の曲を聴いて泣いたことのあるファンだという。彼は、群馬の施設に移ることには反対する。

 

〈76〉

 若い医者の勧めもあって、香織は群馬の病院ではなく新宿のリハビリ施設に移ることになった。移動中の車の中で、特集されていた自分の曲をきく。車の中では姉と母が言い争っていた。

「姉は香織の金に手を付けないって本当?」と母を責め立てる。

 

〈171〉

 新宿のリハビリ施設の一室で、姉が香織の会社のチーフマネージャーである岸根に印税率の交渉をしていた。岸根はうまく姉を言いくるめていたが、姉もできるだけ金を得ようと必死に食い下がっている。

 香織はだれにも聞かれなかったけれど、小さなうめき声を事故の後で、この日初めてだした。

 

〈252〉

 リハビリ施設に入って177日目。やっと指先が少し動いてきて、流動食なら口に流し込んでくれるのであれば、自分で食べることができるようになる。しかし、お金がかかるという理由から、香織はリハビリ施設から実家の自室に移される。

 

〈386〉

 自室にいる動かない香織のもとに父がやってくる。香織のことをじっと見つめて、香織は何かと思うと父は彼女の胸に顔をつける。そのまま、顔は下へ下へと下っていき、ついに股の間に顔をうずめた。

 香織は気持ちが悪いと感じるが、抵抗ができない。ついに父は、香織のパンツの中にも指を突っ込んだ。

 父は、濡れた指先を見て、自分が何か今、とんでもないことをしてしまったのではないか、と思う。

 

〈998〉

 香織にとって久しぶりの外出をする。同時期にデビューした、帆波という女性アーティストのライブに連れていかれた。

 帆波がデビューした当初は香織よりもはるかに人気がなかったけれど、彼女は自分が売れるために誰とでも寝たから、香織は彼女のことが嫌いだった。

 アンコールで予想外に自分の名前が呼ばれた香織はドキリとする。帆波は、香織が自分のために作った歌を最後に歌うと宣言した。香織はそんな歌を作った覚えもないから、自分の残した歌を勝手に使ったのだと、怒りが体を駆け巡るか、体は動かせない。しかも曲も完全に自分のものではなく、アレンジを加えられていた。実はその曲は、海くんと帆波が、香織の曲をもとにアレンジを加えて作ったものだった。

 

〈2500〉

 デビュー10周年の日だった。海くんが香織のもとを訪れる。ずいぶん律儀なものだと思うが、海くんは香織に結婚の報告をしに来ていた。帆波と結婚するのだという。

 

〈3448〉

 香織は父の自室に忍び込んだ時を思い出していた。彼女は父が郷里の両親にあてた手紙をこっそりと読む。そこには、自分がいま幸せであると書き綴ってた。実際には母の言いなりになり、姉にも香織にも好かれてはいなかったのに。

 そして今から907日前、リーマンショックの日の夜に、父は香織にペニスを挿入しようとしていた。けれども、彼はひっしになって自分の性器をたたそうとしていたけれどもそれは何か魂を失った生き物みたいに垂れ下がるだけで、挿入には至らなかった。

 そして今、父はいつものように下着の上から香織の性器を触っている。その時だった。自分の体が揺れているのを香織は感じた。彼女は一瞬自分が動けるようになるのかと思ったけれど、動いていたのは彼女の体ではなく地面だった。

 それは東日本大震災だった。東京でもその映像が徐々に見れるようになるにつれて、香織はその映像を見ているときに涙してしまう。それは自分もああやって死にたいと思うが故の涙だった。

 

〈6517〉

 2019年の8月5日。海くんがデビュー記念の日に光希くんという男の子を連れてくる。映画配給会社の見習いで、香織の映画を作りたいのだという。彼は香織の状態に絶句しながらも、香織の映画を作ろうとする。そして知り合いの鍼灸医師の先生を連れてくると約束した。

 

〈6538〉

 光希くんは蔣先生という上海出身の鍼灸医師を連れてくる。先生は「絶対によくなる」と断言するが、母は先生に言われた通りに漢方薬を処方することをしない。先生は、香織が異常な環境に置かれているのを察するが、何も手だしはできない。そんな先生に、姉と母は、自分の体の調子を整えてもらおうとお願いする。先生と光希くんはそんな彼らを見て絶句する。

 

〈6552〉

 香織は病気になってから一度もスマートフォンを見たことがなかった。ある日母がやってきて、父が香織に手を出していたことに気が付いていたという。でも母は、それを香織が悪いと思い、再び香織のことを憎むようになっていた。

 母は、最近香織のもとに父が訪ねてこないのはなぜだと思う? と聞く。そして香織に鏡を見せる。おぞましい自分の姿を香織は見た。

 

 光希くんが企画していた映画化が決まった。その臨時収入で香織の部屋は改装される。いままで香織とかかわりのあった人物が部屋に集まっている。香織は、もう怒りを感じることはない。意識と夢がゆっくりと混ざり、はっきりとした怒りを感じることはできないのだ。

 最後に香織は、あの日、代々木第一体育館のライブで落ちた日、奈落の底から見上げたような白い宙を前に目を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 

4 感想

 

視点がくるくる変わる。香織だったり姉だったり父だったりする。確かに香織が全く動けないことを鑑みると、そうするしか小説は進まないか。

でももっと短くてもよかった。

というのが至極正直な感想で。描写力とか、古市さんの物語を作る能力はもうプロの作家として平均以上の域に達していると思うが、いかんせん不要な描写が多い気がした。

あと、香織かわいそう。

とにかく香織の周りにはろくな人間がいない。

お母さんは香織を直そうとしないし、姉は姉で香織の金を使って金儲けのことだけ考えているし、お父さんはお父さんで、動けない香織のパンツをまさぐる。

特にお父さん。動けない娘のパンツを探るくらいなら、もっと大きくインパクトを残す悪になってもよかったのでは。

でも序盤の、香織が動けなくなったところに海くんといういい感じだった男の子がやってきて、香織が排便を止められない中で動けない香織に初キスするシーンはよかった。そこは本当に良かった。そんなシーンがいくつもあったらもっとよかった。

5 まとめ

 三回目の芥川賞候補になるかどうかですが。どうだろう……候補までは言っても、受賞まではいくかしら。『平成くん、さようなら』のほうがよかった気がするけどなぁ。

 ジャンルで言うと、おそらくは介護モノに入ってしまうのだけれども、介護モノは純文学では結構やりつくされていて、その分レベルも高い。今年新潮新人賞を受賞した『尾を食う蛇』も介護ものだった。

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 結論

序盤の排便しながらのキスシーンは本当にいいからそこだけでも読んでほしい。


新潮 2019年 12 月号 [雑誌]