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第159回芥川賞 高橋弘希 『送り火』 ネタバレ

 吾輩はまだ青森に行ったことがないのである。今日は、田舎の美しい自然の中に潜む狂気を描いた作品、『送り火』について書こうと思う。

 

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送り火

 第159回、平成30年、上半期の芥川賞高橋弘希さんの『送り火』であった。この回は直木賞の島本理央さんの受賞も注目された。島本さんは若くしてデビューし、芥川賞の候補にもなったことのある作家である。最近だと、『ナラタージュ』が有村架純松本潤が主演で映画化されたことも記憶に新しい。

 今回は、その高橋弘希の『送り火』について解説、ネタバレしていきたい。

 

 

 

 

 1.作者について

 作者は高橋弘希さん。現在は予備校の講師をしているらしい。そしてオルタナティブ系ロックバンドで作詞作曲も担当しているとのことだ。

 音楽的なバックグラウンドのある作家というと、思い出されるのが町田康である。町田康は、もともとパンクバンドのボーカルとしても活躍していたが、その後『くっすん大黒』で作家デビューし、『きれぎれ』で芥川賞を受賞した。

 

 

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2.作品について

 作者は小さいころに青森に住んでいたという。その体験が反映された部分も、少しはあるのだろう。作中に見られる青森の田舎の描写はリアリティを帯びて美しく目の前に浮かび、それによりいっそう、暴力のシーンを際立たせることに成功している。高橋氏の筆力は疑いの余地がない。

 

 

 

 3.あらすじ(ネタバレ含む)

 東京の郊外に住んでいた中学三年生の歩は、商社勤めの父の影響で青森の平川というところに引っ越すことになる。転校先の市立第三中学校は、歩の代の中学三年生男子は合計で六人しかおらず、中学校も来年で廃校になることが決まっていた。

 歩は転校してすぐに晃という、中学三年生のグループの中でもリーダー格の男が昨年起こした暴行事件について聞く。中学二年生の夏休み前に、晃が技術家庭の授業で扱った十センチ四方の鉄鋼で稔という同学年の男を殴打したというものだった。

 転入して一週間が過ぎたころに、歩は放課後に晃たちが花札をして遊んでいるところを見かけて、晃に手招きをされる。なんでも今度暴行事件のあった隣町にあそびに行く。護身用のナイフが必要だから、花札で負けた一人が盗む役をやるということだった。燕雀(エンジャク)という花札を使ったゲームで、負けたのは稔だった。そして稔が盗んできたナイフをだれが所持するかで、また燕雀をして決める。勝者は歩だった。歩が手にしたナイフは実際より重く感じられた。

 この花札の一件を機に、歩はクラスに打ち解ける。窃盗の件で歩は彼らがこれまでにかかわったことのない悪童かと思っていたが、なんてことはない好奇心からくる万引きで、その後に盗みが行われることはなかった。

 ある日、理科準備室のカギが開いていたので歩や晃たちが入り込むと、そこには薬品が並んでいた。劇薬と書かれたものもある。その放課後、いつものように歩たちがたむろしていると、途中で晃が便所に行ってくる、と抜ける。ずいぶん長い便所だなと思っていると、晃が手にしていたのは木製の試験官入れだった。七本あり、そのうち六本には白い液体、一本には透明な液体が入っていた。

 晃はその透明な一本の液体を少し、コンクリート上の捕まえてきたバッタにかけた。バッタは飛び立とうとしたがそれは果たされず、たちまち焼き焦げて動かなくなる。晃はコンクリートに茶褐色の小瓶を置いて含み笑いを浮かべる。その小瓶には硫酸と書いてあった。

 久しぶりに回転盤でもするか、と晃が言う。聞くと、六本の牛乳が入った試験官のうち一本には硫酸が混ざっているという。そうした六本のうちに一本外れがある遊戯を回転盤と呼んでいるらしかった。

「でも、どれだけのやけどを負うかわからないし危険だよ」と言った歩は、その声が思いのほか自信を帯びており小さな満足を得るが、晃に「なにつまんねぇことを言っちゅうんず?」と一括されて終わる。

 心臓の鼓動が早まる歩をよそに、勝負はあっけなく終わる。またも稔が敗者になって一本の試験官の液体を手の甲に垂らされる。なんの変化もない。そのあとで晃は、実はどれにも硫酸が含まれていなかったのだ、と種明かしをする。みんなが安堵したその時、晃は硫酸と書いてあった小瓶を開けると、稔の上からドバドバとかけた。皆の表情が凍り付く中、稔だけが不動で顔から液体を滴らせていた。

 六月に入り、歩は晃が稔に対し暴力を加えることで快楽を得ていることを確信するようになる。結局あの日、晃が稔にかけた液体は、ビンの中に入った砂糖水だった。

 そんな中、男子六人で相撲ととる遊びをしようということになる。藤間という男子生徒が稔を投げると、彼はライン引きに衝突し、頭から石灰を被る。

「なんだおめぇ、乞食(ほいど)みてえじゃねか」

 という男子の笑いは伝染し、投げられた稔自身も薄笑いを浮かべていた。それで歩も薄笑いを浮かべようとしたのだが、そこに割って入ったのが晃だった。晃は「稔のどこが乞食なんだ! ふざけんな!」と叫ぶ。相撲はそれで終わった。

 晃は男子の中でも体格はよかったが、指だけは女のようにきれいだった。だから歩は、晃が花札で遊ぶ際に不正をしていることに気が付いてしまう。稔は、負けるべくして負けていた。

 ある日、汗だくになって稔が缶ジュースを買ってきたときに、稔のことを不憫に思った歩は、飲みさしのコーラを彼にあげた。

 気温が三十度を超えるようになったころ、晃は彼岸様という遊びをしようとする。これには、回転盤や窃盗と違い、みなが不快感を示していた。なんでも、屈伸運動(スクワット)をした後で、縄跳びの紐を首に巻き付けるらしい。そうすると、「彼岸様」が見えてくるのだそうだ。花札で、やはり稔がすることに決まる。

 稔は薄笑いを浮かべたまま屈伸運動をし、そのあとで、縄跳びの紐も二重にして首を絞めた。晃はそれだけでは足りないと、紐を三重にしてしめる。稔の顔色が、赤から赤黒に変わり、泡を吹き始める。そこで藤間が晃を突き飛ばして、なんとかやめさせた。それでも晃は、不思議そうに子どもの顔をして藤間を見ていた。

 その藤間は、後日救急車で運ばれた。給食を食べた後の5限後、体調不良を訴え嘔吐したのだ。歩は晃が硫酸を給食に混ぜたことを疑うが、なにも証拠はない。

 納屋を掃除していた歩と母は、チャッパという楽器を見つけた。シンバル状の楽器だが、叩いて鳴らすのではなく、すり合わせて鳴らすものらしい。母が鳴らすとそれはシャンシン、シャンシン、と音がした。

 夏休みになり、歩は受験勉強をしていた。その合間にいった公衆浴場で、歩は晃にであう。そこで歩が昨年の晃の暴行事件の真相を聞くと、「稔が自分の人権を侵害したから殴った」と晃は言う。

 晃の言うことを聞かなかったから、稔を殴ったのだと。

 夏休みの昼下がりに、歩の家の電話がなる。それは晃からで、市街地にカラオケをするかたこいという電話だった。

 母からもらったお金を手に歩が待ち合わせ場所まで行くと、そこにいたのは晃と稔以外の第三中学校の同級生男子と作業着姿の男だった。

 作業着姿の男についていくと、森の奥の、教室ほどに開かれた場所に案内される。そこにいたのは塗装で汚れたツナギ姿の男たちと、顔を腫らされていた晃だった。なんでもツナギを着ていた男たちは第三中学校の先輩らしい。

 花札で、サーカスなる遊戯を歩たちのだれかがやらなくてはならなくなる。サーカスとは、後ろに手を縛られた状態でボールに乗り、右に三メートル、左に三メートル動くというものだった。縛られているためバランスもとりにくく、受け身をとることもできない。

 花札で負けたのはまたもや稔だった。ツナギを着た男にフォークのような形をした農具で尻を突き刺されながら、稔は「サーカス」をする。たちまちに鼻を打ち、稔の鼻血で地面が染まっていく。

 そのうちに稔を後ろ手で縛っていた縄がほどけた。歩が見ていたのは、向こう側の晃の表情だった。彼は茫然としたかと思うと、歩に向かって突進してきて、歩の横をすり抜けて森の外へと走った。

 縄が解けた稔は、ナイフでもってツナギ姿の男を一人刺した。散り散りになって逃げる男たちだが、歩は逃げ遅れてしまう。その時に歩は、晃が稔に対する恐怖で逃げたのだと理解する。藤間の給食に硫酸を仕込んだのも稔なのだと。(おそらく、晃に対する自分でもできるという当てつけのために)

 稔は錯乱していた。僕は晃じゃない! と歩は叫ぶが、半円状の、食肉を裁断するための用具を拾って振り回す稔に対し、歩は手のひらを切り裂かれ、次に腿を割かれた。

 逃げる途中で坂道を転がり落ちた歩は、意識を失う。

 気が付くと、歩の半身は川の水に浸されていた。頭も打ったようで、焼けるように熱い。体は冷たいにも関わらず。気持ちが悪くなって歩は嘔吐する。まぶたは血で糊付けされたように開かない。

 頭を打ったせいか川の流水音しか聞こえない。しかしはるか遠くでシャンシン、シャンシンという音がなるのを、歩は聞いた。

 

 

4.まとめ 

 高橋氏は非常に筆力が高く、それ故に美しい自然と残虐な暴力の描写が交互に出てくる本作は、読者にまるで暗闇に照らされた送り火のような鮮烈な印象を残す。

 純文学が文でもって描かれる芸術なら、間違いなく『送り火』は芥川賞に値する作品である。

 ぜひご一読を進める次第だ。

 

 


送り火