吾輩は、貨物列車ではない二両編成の電車が走るような田舎で育ったのである。今日は、そんな二両編成の電車が走るような田舎、岩手が舞台の芥川賞受賞作『影裏(えいり)』について書こうと思う。
『影裏』
第157回、平成29年/2017年上半期の芥川賞は沼田氏の『影裏』が受賞した。今作は来年2020年に映画化されることが決まっているらしい。綾野剛主演らしいんである。吾輩はなんだか思うのだが、吉田修一作品には綾野剛が呼ばれることが多いなぁ。『楽園』も『怒り』綾野剛が出ている。作品や吉田修一氏の作り出す世界観とマッチしているのかもしれないなぁ。
(『影裏』映画サイトURL https://eiri-movie.com/)
1. 作者について(歴史や背景)
作者は沼田真佑氏である。氏は処女作にして文学界新人賞を受賞し、そのまま芥川賞も受賞した。この文学界新人賞→芥川賞という賞を連続でとることを石原慎太郎コースという。これは、『太陽の季節』で文学界新人賞を受賞し、そのまま芥川賞を受賞し話題をかっさらった、石原慎太郎に端を発している。
岩手が舞台だが、作者自身、現在東北に住んでいるそうだ。なお、一番好きな小説は、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』らしい。
2. 作品について
この作品は作者のデビュー作であり、今のところ出ている沼田氏の唯一の書籍である。この本を、ある程度の読書経験がある人が読めば沼田氏が新人だということに驚きを隠せないと吾輩は思う。
芥川賞の選考会においても、たびたび「技術は新人ばなれしている」という旨の発言が出てきたが、本当にそうなのである。
吾輩のように小説家を志す人間は、教科書として持っていてもいいかもしれない。
沼田氏が新人賞を受賞した理由は極めて明確で、「プロ並み(もしくはプロの平均以上)の描写力」そして「上品、いや上質ともいえるような伏線の張り方」だと思う。
のちのネタバレでも触れるが、エピソードの張り方と回収の仕方がうまい。吾輩は舌をまいたよ。
3. あらすじ(ネタバレしてます!)
わたし(今野)は東京から転勤で岩手にやってきたが、そこでは日浅という友人を作り、釣りに興じて充実した生活を送っていた。
しかし二月のある日、日浅が突然に退職してしまったことを、わたしはほかの職員づてに知る。わたしは日浅が職場でよくいた場所をうろつくほど、寂しさを覚えていた。パートの西山さんに、またこの人来たよ、と言われるほどわたしは職場をうろついていた。
四か月たったある日、日浅と再会するけれども、その再開は二十分で終わってしまった。日浅は転職して、積み立て型の冠婚葬祭を売る会社、互助会の営業マンになっていた。日浅から渡されたパンフレットには、立派なチャペルで結婚式を挙げる新郎新婦が映っていた。
あくる日、わたしのもとには珍しい連絡が二件入る。一件は東京にいたときに一緒にいた男、和哉からで、もう一件は妹から、近々結婚するかもうということだった。(注:ここではじめて私がホモセクシュアルだとわかる。)
四か月ぶりに日浅と再会した十日後に、わたしは再び日浅と会っていた。彼の営業ノルマが足りないから、わたしに加入してほしい、というのだ。
「実際月二千であの式場は魅力だと」と言いながら、私はサインをする。わたしがつかうことはないかもしれないにもかかわらず。
そしてパンフレットでみた、花嫁の笑顔が妹や和哉のそれと重なった。わたしはなぜだか新郎の顔を思い出せなかった。
日浅との久々の釣りを約束していた日、わたしは日浅と喧嘩する。日浅がわたしにいちいち難癖をつけて、わたしのほうも意地になってしまっていた。日浅と別れた後でわたしは一人部屋に戻り、道具を片付けながら日浅のつけた難癖を思い出していた。
そしてわたしは、和哉に電話をかけて久々に話をした。電話越しの和哉の声は、記憶にはない女性の声だった。そこでわたしは、別れる直前の夏に和哉が、性別適合手術を受けようとしていたことを思い出す。
東日本大震災が起きて、わたしのもとには安否確認の連絡が来るようになった。妹からも電話が来て、なんだかくたびれた声なので様子を聞くと、こちらよりもむしろ都会のほうが日用品などが不足しているとひとしきり嘆いた。わたしはリストをくれたら必要物資を送ってやると、言う。
その電話のなかにはしかし、日浅はなかった。
連休明け最初の勤務で帰ろうとしているわたしの車に、急にヘッドライトに人影が照らされて、わたしは急ブレーキを踏む。見るとパートの西山さんだった。
「これからお時間もらえないか」と彼女は言う。
ログハウス風のベーカリーで西山さんは
「課長、死んじゃったかもしれないよ」という。
彼女のいう課長というのは、日浅のことだった。
わたしがよくよく話を聞くと、西山さんも日浅のために、自身の分、夫の分、長女の分まで互助会に加入して、加えて35万円ほど日浅に金をかしていたという。少しづつ返してくれれば、と思っていたのであるが、地震を機に状況が変わった。少しでもお金を返してほしいが、日浅のほうは音信普通。会社に電話をかけてみると、行方不明だという。日浅はその日、釜石に出かけていたそうだ。
なじみの居酒屋やガソリンスタンドなどを出向いても日浅の足取りは一向に得られず、わたしは日浅の実家を訪問することにする。
日浅のよりも頭一つ分大きな日浅の父は、
「次男とは縁を切ったんですから」と言った。
彼から渡されたのは、卒業証書だった。わたしが訳が分からずいると、日浅氏は、
「偽装したのです」という。
「あのばか者のためにどなたの手も、わたしは煩わせる気がおきんのですよ」と言って日浅氏は捜索願を出すことを拒否する。
「絶縁するほどのことでしょかね」漠然とした怒りに駆られてわたしはいう。
「入学金、下宿代、仕送り、半期に一回の学費の80万円……これは立派な横領罪だ」と日浅氏は言う。
「しかし四年も気が付かないとは」
「信じていたのです」
私情に溺れる、ありふれた男の渋顔があった。
午後にはわたしが生出川に釣りにいった。
「息子なら死んではいませんよ」
という日浅氏の言葉を反芻しながら、わたしはニジマスを釣りあげる。自然河川では珍しいニジマスに、わたしは不思議に思い、あとでネットで調べようかと思うが、思い直す。自分の足で確かめてみようと。そうしてわたしは上流に向かって歩き出した。
4. まとめ
選評で村上龍も述べているように、「非常に上質な」小説であった。来年には映画化もするらしいのう。映画といえば、この小説を読んでいて思い出した、というか非常にテイストが似ている映画があった。
『A River Runs Through It』である。
こちらは兄弟間の物語だが、男同士、釣り、自然……と共通項がいくつも出てくる。上質なものを見たという後味までそっくりだ。
映画化したら、『影裏』と『A River Runs Through It』を比べてみるも一興かもしれない。