吾輩は芥川賞を全部読む。

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『ニムロッド』上田岳弘  第160回 芥川賞  ネタバレ

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 吾輩はビットコインを知っていたのに買わなかったのである。今日は、現代的なIT企業で働く男を通じて現代のうすぼんやりとした哀しみを描いた作品、『ニムロッド』について書こうと思う。

 

 

『ニムロッド』

 第160回、平成30年/2018年下半期の芥川賞は上田岳弘の『ニムロッド』と町屋良平の『1R3分34秒』が受賞した。この賞は平成最後の芥川賞としても話題になったのである。

 今回は、そのうちの上田岳弘の『ニムロッド』について解説、ネタバレしていきたい。

 

 

 

1.作者について

 作者の上田氏は、IT企業で役員をしている。会社まではわからない。いくら調べても出てこなかったんである。上田氏は早稲田大学政治経済学部を一浪一留で卒業し、25歳まで作家になろうとしてフリーター生活を送っていたんである。新人賞の最終候補になったが一旦そこで東京大学卒の友人の企業立ち上げに参加し、そのまま現在は役員となっているとのことだ。

学生時代は営業のアルバイトをしていて、月収30万円ほどあった時期もあったそうだ。今のIT企業の役員をしている友人とは、その営業のアルバイトのつながりもあったらしい。

 

2.作品について

 上田氏のインタビューによると、ニムロッドの第一稿は会社から休みをとり、一日一万字書くと決め一週間で書き上げたそうだ。実質一週間とちょっとで芥川賞を手にしたのだから、これはたいしたものである。

 そのインタビューをもとに読み進めていくと、ビットコインや「ダメな飛行機」にもかなりの文字数が割かれていて、なるほど少し小説としての「濃さ」のようなものは薄い気がする。選評会でも、某選考委員に「ダメな飛行機」がNAVERまとめから出典されているのは手抜き、との指摘を受けていた。

 

3.あらすじ(ネタバレしています!)

 IT企業に勤務している僕、中本聡は課長になった。というのも社長の一声によって、会社の余ったサーバーを使ってビットコインをマイニングする課をつくり、その課長に命じられたからだ。課の名前を僕は恋人の田久保紀子に相談し、結局「採掘課」に決まる。その間にも、同じ会社の先輩で以前、うつ病で休職し名古屋に移った先輩、荷室仁、通称ニムロッドからのメールは来ていた。

 ニムロッドからのメールは一風変わったもので、それはNAVERまとめに上がっている【駄目な飛行機コレクション】というものに解説を加えたものだった。【駄目な飛行機】とは飛行機を作る過程で生じた、飛べなかったり、墜落したり、パイロットが戻ってこれないような飛行機たちだ。

 ニムロッドの話をすると、田久保紀子は興味を示した。彼女は証券会社に勤務していて、バツイチだという話を以前僕は聞いていた。

 前の夫と別れた原因は、結局は彼女のおなかにできた子供だという。妊娠して間もなく検査を受けたら、染色体異常が認められて、彼女たちは結局おろすという決断をしたのだった。

それから彼女は、自分がもう「人類の営み的なもの」に乗れない、と感じている。

 僕は名古屋出張の際に、久しぶりにニムロッドにあう。そこで採掘課の話をすると、ニムロッドは大いに興味を持って、社長が僕に採掘課を命じたのも、ビットコインの元になった論文の著者がサトシ・ナカモトという僕と同姓同名の正体不明の人物なんじゃないかという。また、ビットコインは採掘量が逓減するから、なんの対策も打たないと採算は減るばかりだともアドバイスする。

そして、僕はニムロッドが以前中断していた小説の執筆を再開したことを知る。

 ニムロッドは【駄目な飛行機コレクション】の代わりに小説も送ってくるようになる。

 その小説は人間の王、ニムロッドと名乗る人物の話だった。小説の中でニムロッドは高い塔を建設し、ビットコインの限りなく膨大な資産を持ち、彼の欲望はダメな飛行機をコレクションすることに向かっていた。

 僕は出社の途中に、突然田久保紀子に呼び出される。彼女の異常な様子を感じ取った僕は、会社を休んで出張明けの彼女の元へ向かうけれども、彼女は思ったよりも平静だった。聞くと、いつも飛行機の中では嫌なことを思い出すから彼女は離陸早々睡眠薬で寝てしまうのだが、睡眠薬をどこかに落としてきてしまい、寝れなかったらしい。僕は田久保紀子が眠れない飛行機の中で想像したことを想像する。染色体の足りない子供、いや子供とも言えない、彼女のお腹の中での細胞の塊……

 ニムロッドからは、再び小説が送られてきていた。ニムロッドは最後の商人から駄目な飛行機を買おうとしていた。駄目な飛行機の名は「パーシヴァルp.74」飛べない飛行機だという。値は張るらしいがニムロッドにはささいな金額だった。

 シーツにくるまった田久保紀子が「東方洋上に去る」と言った。それは何かと僕が聞くと、以前ニムロッドが送ってくれた駄目な飛行機【桜花】の設計者の言葉だという。【桜花】はパイロットが帰還することを想定せずに作られていた。いわば特攻隊の飛行機だった。

 再びニムロッドから小説が送られてくる。ニムロッドのもとに最後の商人がやってきて、もうニムロッドは駄目な飛行機を買えないという。なぜかと聞くと、もはや人間は個であることをやめて、一つのどろどろとした塊となった。とあるファンドとも融合し、完全な存在になった彼らには駄目な飛行機は作れないのだと。

 ニムロッドは駄目な飛行機コレクションのうちの一つ【桜花】に乗って太陽に飛び立った。

 僕は田久保紀子と連絡が取れなくなる。彼女は最後に、

 プロジェクト完了。疲れたので東方洋上に去ります。

 というメッセージだけ残していた。

 僕が課長をする採掘課は、本業が好調なために有名無実な課となっていた。そこで僕は、採掘だけでなく新しく仮想通貨を作ることに挑戦しようとする。仮想通貨は通貨ごとに名前があって、例えばビットコインなら、1 BTCそして、 0.00000001BTC で1 satoshiと呼ばれる。

 僕は新しい仮想通貨の単位をnimrodにすることを思いつく。そしてもう会えなくなった田久保紀子とニムロッドを思い出すのだった。

 

 

4.まとめ

 川上弘美選考委員は「本作には小説のおもしろさがすべて詰まっている」と評したが、いいえて妙だと思う。この小説は、直接的な描写がないのにどことなく官能的だ。だれも死なないのにどことなく哀しい。

 ビットコインバベルの塔、駄目な飛行機というモチーフを使って、現在の日本社会に漂う、うすぼんやりとした絶望感をうまくとらえた作品だと吾輩は思う。

 ぜひ一読をお勧めしたい。


第160回芥川賞受賞 ニムロッド