吾輩は芥川賞を全部読む。

読んだ本の書籍レビューが主です。作家になりたい大学生。来年から働きます。

第123回 芥川賞『きれぎれ』 ネタバレ

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 吾輩は妄想をするのである。今日は、そんな現実と空想の境目が「きれぎれ」な小説、

町田康の『きれぎれ』について書こうと思う。

 

 

 

『きれぎれ』

 第123回、平成12年/2000年上半期の芥川賞町田康の『きれぎれ』と松浦寿輝の『花腐し』が受賞した。

 今回は、そのうちの町田康『きれぎれ』について解説、ネタバレしていきたい。

 

 

きれ‐ぎれ【切れ切れ】

1 細かくいくつにも切れていること。また、そのさま。「切れ切れな(の)雲」「切れ切れな(の)記憶」

 

 

 

 

 

 1.作者について

作者は町田康である。なんでも高校時代から町田町蔵という名義でパンクバンドをやっていたそうだ。ほかに有名な小説だと、映画化もされた『パンク侍、切られて候』などがある。

 

 


パンク侍、斬られて候 (角川文庫)

 

  作者はイケメンだ。INU名義でバンド活動していたため、今でもYouTubeで歌っている動画などを見つけることができる。

 

 

 2.作品について

『きれぎれ』は町田康の小説では三度目の芥川賞候補だ。吾輩の考えすぎかもしれないが、なんだか芥川賞候補は三回目で受賞ということが多い気がする。

 令和初の芥川賞、今村夏子さんも三回目での受賞だし、その前の『ニムロッド』で受賞した上田 岳弘さんも三回目の候補で受賞した。ついでに言うなら、村上春樹は二回候補に挙がったけど受賞しなかった。

 今度、候補作の回数と受賞の関係も調べてブログでかいてみたいのう。

 さて、『きれぎれ』であるが、これがなかなかキテレツな小説である。

 妄想と現実が「きれぎれ」に入れ替わり、その流れに乗るかのような、まるで音楽のリリックのような文体が流れていく。

 もし普通のエンタメ的な本にばかり読みなれていると、さっぱり意味が分からないかもしれぬ。吾輩は思うのだが、意味をとらえるところと、頭の中に映像を流して楽しむところ、その両方が「きれぎれ」に配置されている本作は、楽しんで読むのに一定の読書経験は必要だ。

 

 

 

 3.あらすじ※ネタバレ含む

絵描きの「俺」の趣味はランパブ通い。ある日のランパブの帰り、具合の悪くなった北田を抱えてタクシーを待っていたけれど、待てども待てどもうまい具合にタクシーが捕まらないから、俺は腹が立ち家に帰ってしまった。

 そしたら、北田が死んだとの報。北田が死んだのは自分のせいではないのに、なんだか葬式で気詰まりになって、ランパブにいって妻と出会う。

 俺は良家の長男であって、金を借りようと母に会いに行くと、前借と引き換えに、見合いに行くよう言われた。

 俺は見合いに行ったが、相手の新田富子という女はブサイクだったら、「やはり鰻はこうやってちゅるちゅる吸って食うのが一番うまいですね」などとふざけて、見合いをぶち壊してやった。

 そうして後日、知り合いの吉原という画家の個展に行ってみると、思いのほか絵がいい。うまく言えないのだが「いい」のである、と俺は感じる。さらに吉原はテレビのコメディアンなんぞと話している。新進気鋭、注目の画家であった。そして、友人の木崎から吉原が結婚したと伝えられる。

 新田富子と。

 その翌週、俺は今の妻である「サトエ」と結婚した。

 三か月後、果たして俺の部屋はひどく散らかっていた。サトエはうまくものを片すということができないからだ。

 久しぶりに母のところへ金を借りに行くと、九代目の叔父さんがいて、母の店をつぶさざるを得ないだろうとかなんとか話している。

 吉原が記者に囲まれていた。ゴルマル賞のセレモニーであった。そこで俺は、吉原の奥さんが美人だ、とみんなが口々に行っているのを聞く。

 新田富子は、あのような美人な女だったか、と俺は不思議に思うが、来ている着物には見覚えがあった。

 そして、簡易携帯電話に通知がある。

「お母さんがなくなりました」

 吉原がテレビに出ているのを、俺も見ていた。そして今や自分とは天と地になったこの状況でも、俺は絵をかければ吉原と逆転できると夢想する。

 吉原と逆転して、富子の愛を得られると。

 俺は絵をかくための、絵の具の金を無心しようと友を訪ねる。

 けれども、友はあいにく俺に貸す金なんてなさそうだから、俺は仕方なく吉原に金を借りることにする。自分が弱いふりをして、金を借りて逆転するのだ、とたくらむ。

 吉原からは金を借りれて、おまけにハムももらえたけれども俺は、ひどい屈辱を浴びせられた。

 ものすごい爆音で目を覚ますと、俺は空港のはずれに倒れていた。のどが渇く。観覧車が見える。

 隣の妻のサトエが俺のつぶやきに反応してペットボトルのお茶を渡してくれる。

 二人で吉原の個展に向かう。

 俺は思う。外見上、俺はうまく歩けているのだ、と。青空は、きれぎれになって腐敗していて。

 

 4.   まとめ

 妄想と現実が切れ切れに変わり、ついていくのが困難な小説である。

 吾輩もこうしてネタバレをかいたが、おそらく魅力の十分の一も伝えられていない。

 ぜひ、一読をお勧めする次第なのである。