吾輩は芥川賞を全部読む。

読んだ本の書籍レビューが主です。作家になりたい大学生。来年から働きます。

すばる文学賞受賞『犬のかたちをしているもの』ネタバレ 雑感

 

f:id:tunacanprotein:20191015222642j:plain

 

 

『犬のかたちをしているもの』

 

≪一分でわかるネタバレ≫

わたしはセックスができない。物理的にはできるが、かつて卵巣の除去手術をした自分に対して、覆いかぶさる男性のことを嫌いになってしまうからだ。でも付き合っている郁也は、三年もセックスなしでも一緒にいられる。そんなとき、郁也にドトールに呼び出される。そこにはミナシロさんという女性がいて、彼女は郁也の子を身ごもっているのだという。

ミナシロさんは怖いという思いから、子供は産んで、育てるのは郁也とわたしに、ということを持ちかける。わたしは様々なことを思いながら、出産の日が来てしまうが、わたしがその子を抱くことはなかった。ミナシロさんが、やっぱり子供を自分で育てたい、と言ったからだ。わたしは子宮の治療がおわり、生理がくるようになる。郁也とセックスをするような雰囲気になるが、うまくいかなかった。

 

「雑感」

 

いや、面白かったですね。『犬のかたちをしているもの』

これぞ、ザ純文学という感じで、子供を持つこと、そして産むとこいうこと、それにまつわる女性の気持ちの逡巡を描いています。

間違いなく女性にしか書けない作品です。日本という息苦しい社会の中で、女性が立ち向かわなくてはならない静かな圧力とその中で生きる女性が描かれています。

特に、悩みながらも、家族が喜ぶから、と子供を引き受けることを決意する主人公とその後の読者の期待を裏切る展開が素晴らしい。

 

私はこのすばる文学賞の『犬のかたちをしているもの』は芥川賞にいくのではないかと思います。

それほどに、作者はうまいですね。文藝賞を今年『改良』で受賞された、遠野遥さんもうまいとおもいました。

が、高瀬隼子さんはそれ以上ですね。子供のころから本が好き、とインタビューで述べておられましたが、その通りに、非常に筆上手。(そんな言葉あるのか知りませんが)

すごくおすすめします。

本当に。

いや、ぶっちゃけて言うと、「文藝」の二作より上だと、(極めて個人的に)思います。

 

 

 

 

文藝賞『かか』との比較。≫

どちらの作品も女性の生きにくさ、生きる上での辛さ、ということを描いた、という点で似通っています。

ですが、どうしても『かか』の方が、悩みが若く、それこそピューラーで腕のやわらかいところをそぐような鮮烈で血のいっぱい出る、分かりやすい痛みではあれど、より表面に近い

派手な痛みを描いている印象を受けます。

それに比べ『犬のかたりをしているもの』が描く痛み、そして男女の模様はそれよりももっと深い何かです。

例えば、『犬のかたちをしているもの』によって描かれる男性というものは、極めて利己的で、身勝手で、共感能力のない人々のように、主人公の目にはうつります。

彼女である「わたし」に聞いてもいない御託をならべる郁也、ブルマーで体育の授業をすることを強要した体育教師、勝手に「わたし」に同情して、手を握った友達のお父さん、「わたし」の元カレ……

等々、この男性陣の描かれ方は、なかなかに新しい。

そして、なかなか男性作家にはできない。

なぜできないか? 理由は明白で、それが男性の無意識化で行われていることだからだと思います。

要するに、『犬のかたちをしているもの』において描かれている男性像は、男性が空を見上げる時に見える月の、太陽に照らされていない部分。見えないけれども確かに存在する部分です。それが、社会の常識に隠れた、男性の傲慢さであるわけですが、厄介なのは、月を見上げている男性も月であり、そうして決して観察できない傲慢な部分が、女性と男性が関わるときだけまれに姿をあらわすということです。(わけわからなかったらすいません……)

その! 身勝手な! 男性を! 描くのがうまい! 

だから、主人公の逡巡がより共感できる!

 

わけわからないことをつらつら書きましたが、最後にこれだけ言わせてください。

 

 

 

文藝賞受賞作より、(わたし個人的には)面白い。才能を感じる。将来芥川賞とりそう。

そしてなにより、おすすめ! 読んで欲しい!

 

パソコンの調子が悪いので、この辺で終わります。詳細なネタバレを後日かくかも。