吾輩は芥川賞を全部読む。

読んだ本の書籍レビューが主です。作家になりたい大学生。来年から働きます。

【日記】 最終面接と熊野への旅

 

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旅の途中で出会った面白い喫茶店の看板

過去は忘れてください……

 

 

 

 


吾輩は最終面接だったのである。わざわざ大阪まで行って面接を受けてきた。

ずいぶんと背の高い人事担当者に導かれて、吾輩が部屋に入ると、四人の大人がいた。

その中央に、社長がいたのである。

社長にはまず、吾輩の名前の由来について聞かれたよ。名前の由来を答えたら、社長は関心しておった。お母さんありがとう。

その後は自動運転の話、そのあとに社長のありがたいお話……と続いた。社長のありがたいお話の時間は長かった。ガンジーの職業は何か? と聞かれて答えられなかったなぁ。弁護士だったそうだ。

吾輩は聞いたことには的確に答えようとした。でも、社長のお話の時間は長かった。しゃべっている割合でいうと、吾輩:社長=3:7ぐらいだったと思う。

 

 

で、面接が終わって駅についたのが五時くらいだった。

 

大阪から一時間いったくらいの駅が最寄りの駅で、路線図を見ていると終点が和歌山とあった。

 

吾輩はここで大阪と和歌山が隣あっていることを知った。絶望的な地理感覚である。

 

明日は朝からバイトがあるにも関わらず、吾輩は迷わず和歌山行きに乗った。

 

 

そうしたら、ものの30分くらいで和歌山についた。和歌山初上陸である。

 

 

以前、子供に人気のyoutuberが何かの企画で北海道にいくというのを見たが、その動画のコメント欄に「北海道に来てくれてうれしいです!」と書かれているのをみてびっくりしたことがある。

 

すごいなぁ。

 

もはやYoutuberは芸能人、いやそれ以上だ。

 

 

もちろん吾輩はYoutuberではないから、誰もなにも歓迎してくれなかった。

ただイルミネーションと和歌山駅があったよ。

和歌山駅の周りにはイルミネーション以外に何もなかった。

  

 

スーツ一着だけで来たから、革靴のせいで足が痛いんだ。

 

明日は熊野古道に観光にいくから、スーツはまだしも、靴を買っていきたいんである。

 

これから30分あるいて一番ちかい古着屋に行ってこようと思う。

 

 

≪以下旅先の写真≫

 

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面接会場から30分くらいでついた。

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くら寿司の本社にはいけすがあって、魚のロボット⁉ が泳いでいた。写真に写っている赤いのと銀のがロボット。

実際に見ると不気味。

開発者の狂気を感じる……

なぜ魚型ロボットを作ろうと思ったのか……

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安すぎるラブホテル。 

この広告みたときこっち泊まっときゃよかったと思った。

もちろん一人だが。

 

 

 

 

 

すばる12月号 綿矢りさ×佐藤愛子の対談が面白い件

 吾輩は蔦屋書店でくすりと笑ったのである。

 いや面白い。面白いよ。久しぶりに文章を読んで笑わしてもらった。

 今月のすばる12月号の綿矢りさ氏と佐藤愛子氏の対談である。

 


すばる 2019年 12 月号 [雑誌]

 

 

 目を引いたのは、「文学修行の今昔」というタイトルだ。

 吾輩は小説家になりたい。だから小説家になるヒントはいくらでも欲しいし、携帯に小説家と打ち込むと「小説家 インタビュー」「小説家 なりたい」「小説家 インタビュー 新人賞」とかでてくるよ。

 それでまぁ、タイトルにひかれてすばる12月号の対談を読んだのだが、とにかく佐藤愛子氏が面白かった。

 まぁ「文学修行の今昔」と銘打っていながら、デビューするためにどのような文学修行をするべきなのかはあまり書かれていない。今にも通じるアドバイスは、とにかく佐藤氏は海外、国内とはず古典の名作を読み漁ったというところだろうか。やはり古典に学ぶことは多いみたいだ。

 あとは、佐藤氏の生まれ育った時代の文学の事情を読んでいると、今のYoutuberみたいなのが、そのまま昔の作家なのだなぁと思った。

 要するに、世間からしっかりとした仕事と認識されて日が浅いが、成功者は金をもっていて、それになりたい若者が後を絶たないような業界。それが日本の文学界だったみたいだ。最近はもうすっかりではあるが。

 対談の話に戻るが、この佐藤氏という人物、そうとう曲者である。

「自分は被害者意識は理解できない。たぶん、いつも加害者だからだ」という趣旨のことを嫌味もなくからっと言ってのける。

 また原稿用紙を天ぷらを揚げた油とり紙にしているというのは笑った。

 佐藤氏と村上春樹の共通点も見つけられた。両者とも、手紙で人を喜ばせていたという点だ。佐藤氏の場合は実の父を。村上春樹の場合はのちに奥さんとなる女性を。

 やはりプロの作家になる人は、もとから文章を書くセンスみたいなものがあるのだろうか…… 

 まぁそれでも佐藤氏はずいぶんと目が出ない。文章かいていても一銭にもなっていない期間が長かったというから、吾輩も気長にあと二年くらいは続ける予定だ。

 あと佐藤氏は、太宰治の初期の文学作品についても言及していた。なんでも佐藤氏も井伏鱒二にはまり、井伏鱒二の弟子であった太宰治の初期作品をかたっぱしから読んでいたという。

 そのときに、太宰治井伏鱒二の文体を模写した小説が出てきて、これがひどい出来だったそうだ。

 太宰も初期作品はひどかったと聞くと、なんだか心和まされる。まだ吾輩は書いていてもいいのではないかと。

 脱線しかしていないが、『すばる12月号』、は綿矢氏と佐藤氏の対談が面白いよ。

 

 

 

慶應経済 TOEIC980 の僕が就活に失敗した理由を語ろうと思う① (小説)

慶應経済 TOEIC980 の僕が就活に失敗した理由を語ろうと思う① (小説)

※名前以外、ノンフィクションです。

 

 

 

              多くの就活生のために

 

 

 僕は二十四歳で、そのとき東急東横線の、電車マニアたちからはカエルと呼ばれる緑の車両の座席にすわっていた。そのカエルは分厚い雨雲のもとを進み、やがて渋谷に到着しようとしているところだった。

 やれやれ、また渋谷か、と僕は思った。このところ、渋谷、大手町、日比谷。この三つの駅で降りてばかりいる気がする。

 目の前では僕と同じように、黒い無個性なダークスーツを着た女子大生が腰を上げた。

 彼女は美人だった。でも、まるで今にも泣きだしてしまいそうな、ひどい顔をしていた。あるいは、彼女はもう泣いていたのかもしれない。

 いつだったか、僕の先輩の長沢さんが僕に言ったことを思い出す。

「ワタナベ、就活中は、就活のAVを見るといいぞ。周りに就活生がいる中帰ってきて、就活のAV見ると、めっちゃ抜けるから」

 そのときはやれやれ、と思った。そんなアドバイスを僕は真に受けることはできなかった。あるいは、だから僕は就活に失敗したのかもしれない。

 結局、その日に出会ったスーツを着た女子大生の残り香でマスをかいていた長沢さんは、デロイトトーマツコンサルティングに内定した。就活勝者だ。立派なものだ。彼はゼミの後輩にも慕われていた。

 僕はこれから、自分が就活を失敗した理由について語ろうと思う。

 しかし何はともあれ、これから就活に今こそ望むという鼻息荒い、有望な就活生や大学1,2年生諸君が、この文章を読んで得られることは何もないのだということを、初めに述べておきたい。

 結局就職活動で負けた僕には、今のところ差し出されるものが、何の価値もない自分の体験談しかないのだ。

 そして、今まさに就活で苦しんでいて、あるいはもう苦しみぬいて、あるいはただ自分よりも下の人間を見たくて、安心したくてたまらないという人間にむけて僕はこの文章を書いている。

 就活において僕が差し出せるものはそれしかないのだ。

 そう考えると、僕はたまらなく悔しい。何故なら僕は就活に対し、それなりの熱量をもって取り組んできたからだ。

 

 

  • 自信がなかった。

 

インターンの募集が終わるころ、僕はレンタル彼女と付き合っていた。彼女は僕より

一学年上で、MARCHの中の紫色の大学に通っていた。たぶん、付き合っていたと呼んでいいのだと思う。それ以外に適当な言葉を思いつけない。

 バイタリティが人一倍あり、大学に通う道すがらよくホステスや、AV女優や、キャバクラのスカウトがくるようなタイプの美人だった彼女は、アクセンチュアという就活生のあこがれのような企業に、六月を前に内定を得ていた。

 僕は今でも彼女の家で見たアクセンチュアの内定通知書を思い出すことができる。それは英語の格好いい紙で、額に入れて飾っておきたいくらいだった。

 これは完全な余談なのだが、僕の友達のお母さんが、池袋で心療内科の受付をしていて、患者の約三分の一はアクセンチュア勤務なんていうこと、そんなことはこのころ知る由もなかった。

 とにかくそのアクセンチュアに内定の決まっている彼女が、夏インターンで全敗をした僕を見かねて、彼女の同期の一人に合わせてくれた。

 彼女が連れてきてくれた男は、キズキという名前で、身長は172センチほどだったけど、もっと大きく感じた。短く刈った頭で、はきはきと、時にこちらが身構えてしまうほどの声量で話した。

「キズキはね、面接本当に強いから」

 キズキはキーエンスに内定していた。キーエンスといえば、今就活生に人気の企業の一つだ。二年目で年収一千万はいく、財務諸表が金ぴかの企業だ。

 キズキと話していて、僕はある一つのことに気が付いた。

≪こいつ……大したことない≫

 実際に学歴は僕の方が上だったし、語学スキル、そしてガクチカのスケールも僕の方が大きいと思った。

 でも彼は、自分がいかにすごいか、自分がいかに優秀かを話すのがうまかった。

 彼が中身のすかすかで見かけのよいピーマンだとしたら、僕は中身のつまり過ぎてブサイクな形になったトマトのようなものだった。

 すごくない体験を目を輝かせて、僕に語っていた。

 僕は、マウントを取られるがままだった。

 

 君に覚えといてほしいことがある。5パーセントの就活生、いや3パーセントの就活生は本当にすごい。

 彼らは起業し、部活した上で海外インターンをし、インフルエンサーを使って事業を起こしたりしている。

 ひとまずは彼らを無視しよう。

 そして残りの97パーセントの就活生は君と変わらない。どんぐりの背比べだ。

 でもどうして、就活でははっきりと明暗が分かれるのか。

 ヒントがある。朝井リョウという作家がいいことを言っている。

「就活は科目だ」

 これは本当にそうなのだ。就活は科目で、しかも体育みたいに、個人の天性の素質が、「5」をとれるかどうかに大きくかかわってくる。

 だから、自信を持ってほしい。自分なんて、と卑屈にならず、自分自身をもう、ブレインコントロールするつもりで、僕は君に就活に臨んでほしい。

 なぜなら、自分に自信を持つということは就活の結果の一つの境目だと思うからだ。これは、僕の所属するゼミを見てもはっきりと思う。外資コンサル、日経王手に内定した同期……対して、ベンチャー企業、地銀に内定した同期……

 はっきり言って、能力なんて変わらなかった。ただ、前者の方が、自分をより肯定しただけだ。ある程度の楽観をもって。

 だから、まずは自分を肯定することから始めればよかったのだろうと、今更ながらに僕は思う。

 内定先が変えられるわけでもないのに。

 

 

 

 

【書籍レビュー】 Think CIVILITY(シンク・シビリティ) 「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である。

 ども。

昔見たツイートで、思い出に残っているのがあります。英語のツイートだった。画像は見つけられませんでしたが、

「小売業、飲食店、スーパーで働かないならば、人間の本質は理解できない」

というようなツイートでした。

わかりみが深いですね。

 

 

 

コンビニでおでんをつんつんしたり。

 

居酒屋で金曜の夜にキッチンとホールの醜い争いをみたり。

 

ファミレスで店員に怒っているおじさんを見たり。

 

と確かに小売業、飲食店、スーパーでは人間の本質をフィールドワークさながらに観察することができます。

そんな、職場の無礼をテーマにした書籍がこちら。

 

 


Think CIVILITY(シンク シビリティ) 「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である

 

久しぶりに自己啓発書読みました。

近所の本屋でランキング一位になってました。読んで思ったのが、

「これがランキング一位ってやべえな……」

 

とにかく本書は、「人には親切にしょう」という人間として当たり前のことを

膨大なデータと実例で解説しています。

 

 

 

 

【概要】

・礼節を欠いた職場ってめちゃ不経済やで

・礼儀正しいとこんないいことがあるで

・こうすればイッチの会社も礼儀正しくなれるで

・無礼な人に狙われたら、これを意識してみればいいんちゃうか

 

基本的に、今までまともな日本社会で生きてきていれば、第四部以外は

「せやろな……」っていう感じで、改めて読むまでもないような気がします。

礼節を欠いた振る舞いや会社が、どんだけ損をしているかひたすら解説する感じです。

そして信頼と実績の有名人の引用(マイケルジョーダンはどれだけ礼儀を重んじたかうんぬん)が小粋に挟まれる感じです。

 

ただ、第四部だけはわりに読む価値があります。

人生で、例えば職場や学校で、

すっげぇ嫌なやつだから一緒にいたくないのに一緒にいなきゃいけないときってありますよね。

そんなときの対処法を紹介していました。

今回は無礼な人に目をつけられた際の対処法七つのみを抜粋して紹介します。

 

 

【無礼な人に目をつけられた際の対処法】

 

≪方法1≫

目標を定め、進歩を実感する。

職場環境が悪くても、目標をもって日々実感することが大事。例えば、夜にMBA講座受けるとか。

 

≪方法2≫

自分を成長させてくれるものを見つける。

なんでもいい。ゴルフがどんどん上手くなっていくことが快感ならそれでもいい。

そういう上達を実感できていると、人生のストレスに強くなる。

 

≪方法3≫

メンターの助けを得る。

信頼できる人から助言を得て、客観的な視点を自分の中に取り入れよう。

 

≪方法4≫

食事、睡眠、運動、マインドフルネスを活用する。

体の病気を防ぐための行動は、精神の病気を防ぐためにも有効である。

 

≪方法5≫

仕事に意味を見出す。

意味が見出せれば、熱意が高まる。熱意が高まれば、ストレス耐性が高くなる。

 

≪方法6≫

社内外でよい人間関係を築く。

なるべく自分を笑顔にしてくれる人と過ごそう。

 

≪方法7≫

社外の活動で成功を目指す。

社外の活動での成功は気持ちにゆとりをもたらし、それはストレスに対する耐性ももたらす。

 

 この七つの方法は、ストレスの高い環境下に置かれたときの対処法として一般化できる気がする。

例えば、僕も就活の時にこの七つを意識していればもっとうまくいったのかも……なんて

 

 

 【まとめ】

普段から礼儀を重んじる、常識人のあなたにはあまり新しい発見はない気がする。

ただ、後半の無礼な人への対処法はありきたりだが、ためになるものではある。

 

 

 

 

 

『奈落』 古市憲寿 あらすじネタバレと感想 動けない歌姫の世界を描き切った作品  

 

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新潮 2019年 12 月号 [雑誌]

吾輩は蔦屋書店でぶらぶらと歩いていたら、新潮の12月号を見つけたのである。

そしたら古市氏の新作が掲載されているということ。とりあえず読んでみる。

 

 

・かつて歌姫で、今は意識はあるが体を全く動かすことのできない香織という女性。

 

・その香織を恨んでいた母、ねたんでいた姉、そして性的な目で見るようになった父、金を儲けようとする芸能の人々と香織を利用しようとする人々の思惑が交錯する。

 

 そんな作品であった。

 

『奈落』のあらすじと感想を勝手に書こうと思う。

 

 

※ネタバレ含む

 

 

 

 

1 簡単なあらすじ

私(藤本香織)は元歌手だったが、代々木第一体育館でのライブ中、足を滑らせて転落し、意識はあるものの肉体が全く動かせなくなってしまった。母は香織のことをよく思っていなかったが、事故当初は娘を心配していた。姉は香織のことが妬ましく思っていて、そのうちに香織のお金を手に付け、事故で動けない香織に代わって彼女の作品を手掛けていく。父は家でもおとなしい男だったが、動けない香織がリハビリ施設から実家に運ばれると、香織の性器を下着の上からまさぐったり、ペニスを挿入しようとする。

香織は彼らに対する怒りから意識を保ち生き永らえ、体は少しづつだが動くようにはなるが、自分の意思表示をできるようになるまで回復することはなかった。

 

2 登場人物

【香織】 主人公。歌手だったが、事故で全身を動かせなくなる。意識はあるが、それを表明できない。病院→リハビリ施設→自宅と物語上では暮らす場所が変わる。

 

【姉】 香織のことを疎ましく思っていた。香織が動けなくなってからは、香織の作品や本の企画に口を出すようになり、次第に芸能事務所などとも交渉するようになる。

 

【母】コミュニティで女王にならなければ気のすまない女性。

【父】口数少ない私立高校教師。

 

【海くん】香織と一時期デートしていた男。香織の作詞作曲も手伝っていた。

 

【帆波】香織と同時期にデビューしていた歌手。売れるために誰とでも寝ていた。

 

 

 

 

 

 

3 『奈落』あらすじ(ネタバレ含む) ※各章の〈〉内の数字は香織が動けなくなってからの日数。

 

〈6139〉

 動けない私(藤本香織)は自室の天井の穴の数を数えていた。そこへむかしの友人の海くんが表れて、朝食を私に見せつける。そのあとで、ミキサーにかけて、それを香織に飲ませた。

すぐに口を閉じてもういらないことを示す香織に、母は、もっと食べなきゃだめだよという。

香織はそんな母のことを軽蔑していた。

母はどこにいてもコミュニティの女王になろうと躍起になっていた。そんな母が、香織は嫌いだった。音楽をやったのも、実家から出る手段が欲しかったからだ。

 

〈9〉

香織の元に姉がやってくる、ガムをかむ音がうるさいと、香織は感じる。

香織は姉も嫌いだった。依存体質で、付き合おう男によって服を変えるような主体性のなさ、依存先を常に探して生きているような生き方が。

それになにより、姉といると自分のルーツは姉のような人間と同じであると思い出させられるのが苦痛だった。例えば嫌だったものの、一生に何回もないからと行った姉の結婚式で、酔った男に服の中に手を突っ込まれたけれど、警察に行くと声を荒げた香織を回りの人間は冷たく見ただけだった。芸能人が冗談を本気になって騒いでいる、と。

 姉は姉で、香織のことが憎かった。いつも主役の座を自分から奪ってしまうからだ。だから香織が事故にあった時も、何も感じることはなかった。

 

〈13〉

 昔作詞作曲を手伝ってもらい、恋心のようなものも抱いていたけれど、結局キスもすることができなかった海くんがお見舞いに来る。

 動けない中で、肛門のほうに感覚を感じて香織は自分がおむつの中に排泄しそうなことを悟る。海くんの前で排泄はしたくないと、我慢しようとするけれどもできずに、香織は自分のおむつに排泄されたのを感じる。

 その時、海くんが香織のことを覗き込むように顔を近づけてキスをした。自分が好きだった人との初めてのキスがこんな形でなんて……と香織は恥と屈辱の感情に襲われる。

「目を覚ますと思ったんだけどな……」と海くんは言った。

 海くんは香織とキスしたことを公開していた。彼女の口からは腐ったザクロのような臭いがしたからだ。彼はそれを死人の匂いだと思った。

 

〈33〉

 香織は姉も母も父も嫌いだった。だから、モデルになれるほどのルックスもなかったし、小説を書くほど文学にも興味をもってなかったから、音楽を始めた。

 医者がやってきて香織のことを群馬の病院に移してはどうかと提案する。医者たちは、香織に意識があるのかどうか、疑わしく思っている。そんな医者の中でも、若い一人の医者は、香織に意識があるだろうと思っていた。彼は香織に語り掛けた。彼によると、昔香織の曲を聴いて泣いたことのあるファンだという。彼は、群馬の施設に移ることには反対する。

 

〈76〉

 若い医者の勧めもあって、香織は群馬の病院ではなく新宿のリハビリ施設に移ることになった。移動中の車の中で、特集されていた自分の曲をきく。車の中では姉と母が言い争っていた。

「姉は香織の金に手を付けないって本当?」と母を責め立てる。

 

〈171〉

 新宿のリハビリ施設の一室で、姉が香織の会社のチーフマネージャーである岸根に印税率の交渉をしていた。岸根はうまく姉を言いくるめていたが、姉もできるだけ金を得ようと必死に食い下がっている。

 香織はだれにも聞かれなかったけれど、小さなうめき声を事故の後で、この日初めてだした。

 

〈252〉

 リハビリ施設に入って177日目。やっと指先が少し動いてきて、流動食なら口に流し込んでくれるのであれば、自分で食べることができるようになる。しかし、お金がかかるという理由から、香織はリハビリ施設から実家の自室に移される。

 

〈386〉

 自室にいる動かない香織のもとに父がやってくる。香織のことをじっと見つめて、香織は何かと思うと父は彼女の胸に顔をつける。そのまま、顔は下へ下へと下っていき、ついに股の間に顔をうずめた。

 香織は気持ちが悪いと感じるが、抵抗ができない。ついに父は、香織のパンツの中にも指を突っ込んだ。

 父は、濡れた指先を見て、自分が何か今、とんでもないことをしてしまったのではないか、と思う。

 

〈998〉

 香織にとって久しぶりの外出をする。同時期にデビューした、帆波という女性アーティストのライブに連れていかれた。

 帆波がデビューした当初は香織よりもはるかに人気がなかったけれど、彼女は自分が売れるために誰とでも寝たから、香織は彼女のことが嫌いだった。

 アンコールで予想外に自分の名前が呼ばれた香織はドキリとする。帆波は、香織が自分のために作った歌を最後に歌うと宣言した。香織はそんな歌を作った覚えもないから、自分の残した歌を勝手に使ったのだと、怒りが体を駆け巡るか、体は動かせない。しかも曲も完全に自分のものではなく、アレンジを加えられていた。実はその曲は、海くんと帆波が、香織の曲をもとにアレンジを加えて作ったものだった。

 

〈2500〉

 デビュー10周年の日だった。海くんが香織のもとを訪れる。ずいぶん律儀なものだと思うが、海くんは香織に結婚の報告をしに来ていた。帆波と結婚するのだという。

 

〈3448〉

 香織は父の自室に忍び込んだ時を思い出していた。彼女は父が郷里の両親にあてた手紙をこっそりと読む。そこには、自分がいま幸せであると書き綴ってた。実際には母の言いなりになり、姉にも香織にも好かれてはいなかったのに。

 そして今から907日前、リーマンショックの日の夜に、父は香織にペニスを挿入しようとしていた。けれども、彼はひっしになって自分の性器をたたそうとしていたけれどもそれは何か魂を失った生き物みたいに垂れ下がるだけで、挿入には至らなかった。

 そして今、父はいつものように下着の上から香織の性器を触っている。その時だった。自分の体が揺れているのを香織は感じた。彼女は一瞬自分が動けるようになるのかと思ったけれど、動いていたのは彼女の体ではなく地面だった。

 それは東日本大震災だった。東京でもその映像が徐々に見れるようになるにつれて、香織はその映像を見ているときに涙してしまう。それは自分もああやって死にたいと思うが故の涙だった。

 

〈6517〉

 2019年の8月5日。海くんがデビュー記念の日に光希くんという男の子を連れてくる。映画配給会社の見習いで、香織の映画を作りたいのだという。彼は香織の状態に絶句しながらも、香織の映画を作ろうとする。そして知り合いの鍼灸医師の先生を連れてくると約束した。

 

〈6538〉

 光希くんは蔣先生という上海出身の鍼灸医師を連れてくる。先生は「絶対によくなる」と断言するが、母は先生に言われた通りに漢方薬を処方することをしない。先生は、香織が異常な環境に置かれているのを察するが、何も手だしはできない。そんな先生に、姉と母は、自分の体の調子を整えてもらおうとお願いする。先生と光希くんはそんな彼らを見て絶句する。

 

〈6552〉

 香織は病気になってから一度もスマートフォンを見たことがなかった。ある日母がやってきて、父が香織に手を出していたことに気が付いていたという。でも母は、それを香織が悪いと思い、再び香織のことを憎むようになっていた。

 母は、最近香織のもとに父が訪ねてこないのはなぜだと思う? と聞く。そして香織に鏡を見せる。おぞましい自分の姿を香織は見た。

 

 光希くんが企画していた映画化が決まった。その臨時収入で香織の部屋は改装される。いままで香織とかかわりのあった人物が部屋に集まっている。香織は、もう怒りを感じることはない。意識と夢がゆっくりと混ざり、はっきりとした怒りを感じることはできないのだ。

 最後に香織は、あの日、代々木第一体育館のライブで落ちた日、奈落の底から見上げたような白い宙を前に目を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 

4 感想

 

視点がくるくる変わる。香織だったり姉だったり父だったりする。確かに香織が全く動けないことを鑑みると、そうするしか小説は進まないか。

でももっと短くてもよかった。

というのが至極正直な感想で。描写力とか、古市さんの物語を作る能力はもうプロの作家として平均以上の域に達していると思うが、いかんせん不要な描写が多い気がした。

あと、香織かわいそう。

とにかく香織の周りにはろくな人間がいない。

お母さんは香織を直そうとしないし、姉は姉で香織の金を使って金儲けのことだけ考えているし、お父さんはお父さんで、動けない香織のパンツをまさぐる。

特にお父さん。動けない娘のパンツを探るくらいなら、もっと大きくインパクトを残す悪になってもよかったのでは。

でも序盤の、香織が動けなくなったところに海くんといういい感じだった男の子がやってきて、香織が排便を止められない中で動けない香織に初キスするシーンはよかった。そこは本当に良かった。そんなシーンがいくつもあったらもっとよかった。

5 まとめ

 三回目の芥川賞候補になるかどうかですが。どうだろう……候補までは言っても、受賞まではいくかしら。『平成くん、さようなら』のほうがよかった気がするけどなぁ。

 ジャンルで言うと、おそらくは介護モノに入ってしまうのだけれども、介護モノは純文学では結構やりつくされていて、その分レベルも高い。今年新潮新人賞を受賞した『尾を食う蛇』も介護ものだった。

新潮新人賞受賞作『尾を喰う蛇』 長めのネタバレ - ツナ缶とプロテイン

 

 結論

序盤の排便しながらのキスシーンは本当にいいからそこだけでも読んでほしい。


新潮 2019年 12 月号 [雑誌]

 

 

村上春樹 『品川猿』 小説レビュー

 

ザコンだと、昔の彼女に言われたことがあります。

いや、直接言われたんじゃなくって、マザコンだと彼女が述べていたという趣旨のSNSのつぶやきを共通の知人に提示されました。

まぁ、結構な言われようでひどかったですね。それなりに傷つきましたよ。ええ。

自分がマザコンなのかはわかりませんが、(一人暮らしをしていますが、ここ一年ほどは実家に帰らず、半年に一回くらい母に電話はします。あと、誕生日プレゼントを母にあげたことは、大きくなってからはありません。おめでとうのメールはしますが)

まぁ、女性に対して病的に気が使えないところがるので(これは本当に改善したいのですが)

それが、その彼女さんには、

「どうせ、君のお母さんなら笑って受け入れてくれるから。お母さんみたいな人がいいんやろ」的なことになってしまったようです。

 

ザコンってすごく評判悪いですよね、でもおばあちゃん子ってすごいイメージいいですよね。

不思議。

 

まぁ、今回はそんなマザコンにも関係する、いわゆる「両親の愛情」がテーマになっている村上春樹の作品を紹介します。

 

 


東京奇譚集 (新潮文庫)

 

 

 

 

この東京奇譚集という短編集に収められている『品川猿』という作品です。

持論なんですが、そして異論は認めますが、村上春樹は短編小説が本当にいい……!

「蛍」「納屋を焼く」そして、今回の『東京忌憚集』に収められている五作……

そして忘れてはいけないのが、「四月の朝に百パーセントの女の子に出会うことについて」

これも最高なんですよね。

また紹介したく存じます。

 

まぁ今回の「品川猿」これは私の大好きな物語です。

と、いうのもこの物語は、物語世界を超えて、現実に生きる私におおきな気づきをもたらしてくれたからです。

以下、あらすじ(今回はネタバレしていません)

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安藤みずき(結婚前の名前は「大沢みずき」)は、1年ばかり前からときどき自分の名前が思い出せなくなった。相手から出し抜けに名前を尋ねられると、頭の中が空白になってしまう。名前がどうやっても出てこない。夫はみずきより4つ年上の30歳で、製薬会社の研究室に勤務している。二人は品川区の新築のマンションに暮らしている。

 

ある日、品川区の広報誌を読んでいるときに、区役所で「心の悩み相談室」が開かれているという記事が目にとまった。みずきは区役所に赴き、カウンセラーの坂木哲子の面談を受ける。坂木に「名前に関連して思い出せる出来事はあるか」と問われ、高校生のとき1学年下だった松中優子という生徒に関する、あるエピソードを思い出す。

 

みずきは高校の時、寮生活をしていた。彼女が三年生になり、松中優子という「私たちの寮の中では間違いなくいちばん美人でした」という子がみずきに名札を預かってほしい、と言う。みずきは不思議がる、なぜ自分が彼女の名札を預からなくてはならないのか。それでも彼女は了承する。

 

松永優子が寮に戻ることはなかった。彼女は自殺してしまったからだ。

みずきは

「いないあいだに猿にとられたりしないように」と松中優子が最後に言った冗談が気がかりだった。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

なぜみずきは寮生活をしていたのか、なぜ名前が思い出せなかったか。

ラストでは明らかになりますが、村上春樹作品の中で、珍しくはっきりとしたオチです。そして、私個人的にとても好きなオチです。

このネタバレは、どうかご自身でお確かめになっていただきたい……!

それくらい傑作だと思います。

 

明日もいい日になりますよう。

 

 

第159回芥川賞 高橋弘希 『送り火』 ネタバレ

 吾輩はまだ青森に行ったことがないのである。今日は、田舎の美しい自然の中に潜む狂気を描いた作品、『送り火』について書こうと思う。

 

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送り火

 第159回、平成30年、上半期の芥川賞高橋弘希さんの『送り火』であった。この回は直木賞の島本理央さんの受賞も注目された。島本さんは若くしてデビューし、芥川賞の候補にもなったことのある作家である。最近だと、『ナラタージュ』が有村架純松本潤が主演で映画化されたことも記憶に新しい。

 今回は、その高橋弘希の『送り火』について解説、ネタバレしていきたい。

 

 

 

 

 1.作者について

 作者は高橋弘希さん。現在は予備校の講師をしているらしい。そしてオルタナティブ系ロックバンドで作詞作曲も担当しているとのことだ。

 音楽的なバックグラウンドのある作家というと、思い出されるのが町田康である。町田康は、もともとパンクバンドのボーカルとしても活躍していたが、その後『くっすん大黒』で作家デビューし、『きれぎれ』で芥川賞を受賞した。

 

 

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2.作品について

 作者は小さいころに青森に住んでいたという。その体験が反映された部分も、少しはあるのだろう。作中に見られる青森の田舎の描写はリアリティを帯びて美しく目の前に浮かび、それによりいっそう、暴力のシーンを際立たせることに成功している。高橋氏の筆力は疑いの余地がない。

 

 

 

 3.あらすじ(ネタバレ含む)

 東京の郊外に住んでいた中学三年生の歩は、商社勤めの父の影響で青森の平川というところに引っ越すことになる。転校先の市立第三中学校は、歩の代の中学三年生男子は合計で六人しかおらず、中学校も来年で廃校になることが決まっていた。

 歩は転校してすぐに晃という、中学三年生のグループの中でもリーダー格の男が昨年起こした暴行事件について聞く。中学二年生の夏休み前に、晃が技術家庭の授業で扱った十センチ四方の鉄鋼で稔という同学年の男を殴打したというものだった。

 転入して一週間が過ぎたころに、歩は放課後に晃たちが花札をして遊んでいるところを見かけて、晃に手招きをされる。なんでも今度暴行事件のあった隣町にあそびに行く。護身用のナイフが必要だから、花札で負けた一人が盗む役をやるということだった。燕雀(エンジャク)という花札を使ったゲームで、負けたのは稔だった。そして稔が盗んできたナイフをだれが所持するかで、また燕雀をして決める。勝者は歩だった。歩が手にしたナイフは実際より重く感じられた。

 この花札の一件を機に、歩はクラスに打ち解ける。窃盗の件で歩は彼らがこれまでにかかわったことのない悪童かと思っていたが、なんてことはない好奇心からくる万引きで、その後に盗みが行われることはなかった。

 ある日、理科準備室のカギが開いていたので歩や晃たちが入り込むと、そこには薬品が並んでいた。劇薬と書かれたものもある。その放課後、いつものように歩たちがたむろしていると、途中で晃が便所に行ってくる、と抜ける。ずいぶん長い便所だなと思っていると、晃が手にしていたのは木製の試験官入れだった。七本あり、そのうち六本には白い液体、一本には透明な液体が入っていた。

 晃はその透明な一本の液体を少し、コンクリート上の捕まえてきたバッタにかけた。バッタは飛び立とうとしたがそれは果たされず、たちまち焼き焦げて動かなくなる。晃はコンクリートに茶褐色の小瓶を置いて含み笑いを浮かべる。その小瓶には硫酸と書いてあった。

 久しぶりに回転盤でもするか、と晃が言う。聞くと、六本の牛乳が入った試験官のうち一本には硫酸が混ざっているという。そうした六本のうちに一本外れがある遊戯を回転盤と呼んでいるらしかった。

「でも、どれだけのやけどを負うかわからないし危険だよ」と言った歩は、その声が思いのほか自信を帯びており小さな満足を得るが、晃に「なにつまんねぇことを言っちゅうんず?」と一括されて終わる。

 心臓の鼓動が早まる歩をよそに、勝負はあっけなく終わる。またも稔が敗者になって一本の試験官の液体を手の甲に垂らされる。なんの変化もない。そのあとで晃は、実はどれにも硫酸が含まれていなかったのだ、と種明かしをする。みんなが安堵したその時、晃は硫酸と書いてあった小瓶を開けると、稔の上からドバドバとかけた。皆の表情が凍り付く中、稔だけが不動で顔から液体を滴らせていた。

 六月に入り、歩は晃が稔に対し暴力を加えることで快楽を得ていることを確信するようになる。結局あの日、晃が稔にかけた液体は、ビンの中に入った砂糖水だった。

 そんな中、男子六人で相撲ととる遊びをしようということになる。藤間という男子生徒が稔を投げると、彼はライン引きに衝突し、頭から石灰を被る。

「なんだおめぇ、乞食(ほいど)みてえじゃねか」

 という男子の笑いは伝染し、投げられた稔自身も薄笑いを浮かべていた。それで歩も薄笑いを浮かべようとしたのだが、そこに割って入ったのが晃だった。晃は「稔のどこが乞食なんだ! ふざけんな!」と叫ぶ。相撲はそれで終わった。

 晃は男子の中でも体格はよかったが、指だけは女のようにきれいだった。だから歩は、晃が花札で遊ぶ際に不正をしていることに気が付いてしまう。稔は、負けるべくして負けていた。

 ある日、汗だくになって稔が缶ジュースを買ってきたときに、稔のことを不憫に思った歩は、飲みさしのコーラを彼にあげた。

 気温が三十度を超えるようになったころ、晃は彼岸様という遊びをしようとする。これには、回転盤や窃盗と違い、みなが不快感を示していた。なんでも、屈伸運動(スクワット)をした後で、縄跳びの紐を首に巻き付けるらしい。そうすると、「彼岸様」が見えてくるのだそうだ。花札で、やはり稔がすることに決まる。

 稔は薄笑いを浮かべたまま屈伸運動をし、そのあとで、縄跳びの紐も二重にして首を絞めた。晃はそれだけでは足りないと、紐を三重にしてしめる。稔の顔色が、赤から赤黒に変わり、泡を吹き始める。そこで藤間が晃を突き飛ばして、なんとかやめさせた。それでも晃は、不思議そうに子どもの顔をして藤間を見ていた。

 その藤間は、後日救急車で運ばれた。給食を食べた後の5限後、体調不良を訴え嘔吐したのだ。歩は晃が硫酸を給食に混ぜたことを疑うが、なにも証拠はない。

 納屋を掃除していた歩と母は、チャッパという楽器を見つけた。シンバル状の楽器だが、叩いて鳴らすのではなく、すり合わせて鳴らすものらしい。母が鳴らすとそれはシャンシン、シャンシン、と音がした。

 夏休みになり、歩は受験勉強をしていた。その合間にいった公衆浴場で、歩は晃にであう。そこで歩が昨年の晃の暴行事件の真相を聞くと、「稔が自分の人権を侵害したから殴った」と晃は言う。

 晃の言うことを聞かなかったから、稔を殴ったのだと。

 夏休みの昼下がりに、歩の家の電話がなる。それは晃からで、市街地にカラオケをするかたこいという電話だった。

 母からもらったお金を手に歩が待ち合わせ場所まで行くと、そこにいたのは晃と稔以外の第三中学校の同級生男子と作業着姿の男だった。

 作業着姿の男についていくと、森の奥の、教室ほどに開かれた場所に案内される。そこにいたのは塗装で汚れたツナギ姿の男たちと、顔を腫らされていた晃だった。なんでもツナギを着ていた男たちは第三中学校の先輩らしい。

 花札で、サーカスなる遊戯を歩たちのだれかがやらなくてはならなくなる。サーカスとは、後ろに手を縛られた状態でボールに乗り、右に三メートル、左に三メートル動くというものだった。縛られているためバランスもとりにくく、受け身をとることもできない。

 花札で負けたのはまたもや稔だった。ツナギを着た男にフォークのような形をした農具で尻を突き刺されながら、稔は「サーカス」をする。たちまちに鼻を打ち、稔の鼻血で地面が染まっていく。

 そのうちに稔を後ろ手で縛っていた縄がほどけた。歩が見ていたのは、向こう側の晃の表情だった。彼は茫然としたかと思うと、歩に向かって突進してきて、歩の横をすり抜けて森の外へと走った。

 縄が解けた稔は、ナイフでもってツナギ姿の男を一人刺した。散り散りになって逃げる男たちだが、歩は逃げ遅れてしまう。その時に歩は、晃が稔に対する恐怖で逃げたのだと理解する。藤間の給食に硫酸を仕込んだのも稔なのだと。(おそらく、晃に対する自分でもできるという当てつけのために)

 稔は錯乱していた。僕は晃じゃない! と歩は叫ぶが、半円状の、食肉を裁断するための用具を拾って振り回す稔に対し、歩は手のひらを切り裂かれ、次に腿を割かれた。

 逃げる途中で坂道を転がり落ちた歩は、意識を失う。

 気が付くと、歩の半身は川の水に浸されていた。頭も打ったようで、焼けるように熱い。体は冷たいにも関わらず。気持ちが悪くなって歩は嘔吐する。まぶたは血で糊付けされたように開かない。

 頭を打ったせいか川の流水音しか聞こえない。しかしはるか遠くでシャンシン、シャンシンという音がなるのを、歩は聞いた。

 

 

4.まとめ 

 高橋氏は非常に筆力が高く、それ故に美しい自然と残虐な暴力の描写が交互に出てくる本作は、読者にまるで暗闇に照らされた送り火のような鮮烈な印象を残す。

 純文学が文でもって描かれる芸術なら、間違いなく『送り火』は芥川賞に値する作品である。

 ぜひご一読を進める次第だ。

 

 


送り火