吾輩は芥川賞を全部読む。

読んだ本の書籍レビューが主です。作家になりたい大学生。来年から働きます。

芦田愛菜主演で映画化! 星の子 あらすじ ネタバレ

ども。

 

人が老いを感じる瞬間は様々です。

 

珍味がおいしいと感じられるようになったとき。

 

いいとものタモリのギャグで笑ってしまうようになったとき。

 

芦田愛菜が女になっているのを目撃した時。

 

自分が成長したようでうれしい反面、もう若くはないのだという一抹の寂しさも感じることも多々あると思います。

 

と、いうわけで

今日は芦田愛菜主演で映画化が決定した、『星の子』についてあらすじ、ネタバレ、作者について書きたいと思います。

 

 


星の子 (朝日文庫)

 

 

 

 

 

✔︎登場人物

ちひろ(はやしちひろ

子供の頃から体が弱く、そのせいで両親が新興宗教にのめりこむようになる。彼女自身も宗教団体で活動をしている。

 

両親(りょうしん)

ちひろの両親。優しく仲の良い両親。新興宗教にはまるあまり、仕事を辞め、奉仕活動をライフワークとしている。

 

まーちゃん

ちひろの5歳年上の姉。新興宗教にのめりこむ家族に反発し、家を出る。

 

雄三おじさん(ゆうぞうおじさん)

ちひろの叔父。宗教にのめりこむ一家を心から案じている。

 

なべちゃん

ちひろの友人。ドライで優しい。人間関係の狭いちひろの、たった一人の外の世界の友人。

 

南先生

中学三年生のちひろの片思い相手。ちひろが好きな俳優のエドワード・ファーロングに似ている。

 

新村くん

なべちゃんと付き合っていた。ちひろにも優しい言葉をかけたため、ちひろが好きになる。

なべちゃんに結婚していいか聞いたところ、ちひろはダメと言われてあきらめて受験勉強に没頭するようになる。

 

 

 

✔︎あらすじネタバレ

 

【起】

ちひろは生まれた時から体が弱かった。

 

両親はそのことに思い悩んでいて、ある日父親が会社でその悩みを漏らすと、水を進められる。

 

同僚の落合さんに勧められた水は「金星のめぐみ」というものだった。

 

藁にもすがる思いでその水をちひろの体に塗ると、果たしてちひろの疱疹は治ってしまう。

 

それ以来、ちひろの両親は「金星のめぐみ」に魅せられ、それを販売している宗教団体にものめりこむようになる。

 

ある日、その同僚の落合さんのところに行った際に、ちひろは姉のまーちゃんがつまらなそうにしていることに気が付く。そして落合さんの息子はある日突然口がきけなくなったのだという。

 

ちひろはトイレを借りた際に、「入ってます!」と声がしたことから、落合さんの息子が実は口が利けると気が付く。

 

しかし帰り際、視線を感じたちひろは落合さんの息子が自分のことをにらみつけることに気がついた。

 

それは、だれにも言うな、という無言のメッセージだった。

 

【承】

 

新興宗教にはまる両親の影響もあって、小学校でちひろに友達はいなかった。

 

しかし「なべちゃん」という転校生がやってきて、彼女と友達になる。

 

なべちゃんは美人で、物怖じしない少女だった。

 

ある日以前から「騙されているから目をさましてくれ」と訴えていた雄三おじさんがやってきて、「金星のめぐみ」を飲み、水をしみこませたタオルを頭にのせてみせる。

 

両親が上機嫌で「金星のめぐみ」の効用を語りだすと、雄三おじさんはそれは公園の水だという。

 

実は自分が来る前に、「金星のめぐみ」の水を公園の水と入れ替えていたのだと。

 

両親とちひろは激怒して、雄三おじさんを追い出す。

 

姉のまーちゃんは包丁を取り出してなきながら雄三おじさんにそれを向ける。

 

小学校高学年になってもちひろは浮いた存在だった。

 

そして両親は仕事を辞めて、教団からの紹介先で働き始めるようになり、奉仕の対象をちひろではなく教団になっていく。

 

そんななか、高校生になった姉のまーちゃんは家を出て行った。

 

ちひろは家出の前日に、雄三おじさんと水の入れ替えを計画し、協力していたのが姉のまーちゃんだと知らされる。

 

「うまくいくと思ったんだけどね」

 

まーちゃんは力なく笑って、家を出て行った。

 

【転】

 

中学三年生になったちひろには好きな人ができた。

 

大好きな俳優のエドワード・ファーロングに似た南先生という男性教師だった。

 

「あの先生のどこがいいの?」と心配する友人なべちゃんの言葉も聞かずに、ちひろは南先生の似顔絵をかくことに没頭する。

 

ある日、文化祭の準備で遅くなったちひろとなべちゃんと新村くんのことを南先生が送ってくれることになる。

 

新村くんとは、なべちゃんと付き合っていた男の子のことだ。

 

緊張して車内で話せないちひろだったが、家の近くまで来たときに「へんなのがいるから車から降りるな」と南先生に引き留められる。

 

南先生が指さしたさきには、五年前にフリーマーケットで買った、ボロボロの緑のおそろいのジャージを着て頭から「金星のめぐみ」を掛け合う両親の姿があった。

 

この時初めて、ちひろは口がきけるのにしゃべれないふりをしていた落合さんの息子の気持ちを理解する。

 

翌日、南先生に「昨日の不審者は自分の両親です」とちひろは告げる。

 

それを知った南先生はちひろにきつい態度をとるようになってしまう。

 

そうしてちひろは他者からみた自分たちの姿をしることになった。

 

【結】

親戚の法事の日、一人で出席したちひろ

 

久しぶりに会う雄三おじさんと、いとこのしんちゃんから、「高校生になったら家を出て、おじさんの家から高校に通わないか」と誘われる。

 

おじさん一家は、ちひろが両親と距離をとったほうがいいと強くすすめ、そのあと何度も自宅に説得に訪れたが、ちひろは今一つ踏み切れないでいた。

 

中学3年生の冬、宗教団体「星の子」の年に一度の研修旅行が開催された。

 

全国の各支部から信者たちが集うこの旅行に、ちひろは両親と参加し、同じ学校の同級生、春ちゃんは、信者ではない交際相手を研修旅行に連れてきた。

 

研修中、「宣誓の時間」という、信者たちが舞台上で宣言を表明するイベントで、春ちゃんの彼氏は「好きなひとが信じる者を、一緒に信じたい」と堂々と宣言する。

 

その夜、高原に散歩に出たちひろと両親。

 

外は一面の星空。

 

一緒の瞬間に流れ星を見ようと空を見上げるのですが、タイミングがあわない。

 

寒いから宿舎にもどりたいちひろに、両親は三人で見るまで帰らない、という。

 

ちひろの見ている星を両親は見ておらず、両親の見ている星を、ちひろはどうしても見つけることができない。

 

その夜、3人はいつまでも星空を眺めつづけるのだった。

 

〈完〉

✔︎感想

 

芥川賞の選考会で、選考委員の一人の吉田修一はこんな言葉を残しています。

 

 「この小説は、ある意味、児童虐待の凄惨な現場報告である。本来ならすべての人間に与えられるはずのさまざまな選択権、自由に生きる権利を奪われていく(物言えぬ)子供の残酷物語であり、でもそこにだって真実の愛はあるのだ、という小説である。」「このような物語が、平易で、ある意味、楽しげに綴られていく。(引用者中略)力ある作品だと認めているのだが、ではこれを受賞作として強く推せるかというと、最後の最後でためらいが生じてしまう。」

 

 

 

確かにこの小説は凄惨な児童虐待の現場を克明に描いています。

 

しかしながら、その読後感がさわやかなのは、やはり今村夏子さんの才能でしょう。

 

今村さんはこのように常識という枠からはずれた人物たちを魅力的にかくのがすごくうまいです。

 

そしてその今村さんの芥川賞受賞作がむらさきスカートの女です。興味があればぜひ。

 

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他の映画原作小説はこちら↓

 

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今日もいい日になりますよう。

 

書籍レビュー 『あり金は全部使え』 堀江貴文  


あり金は全部使え 貯めるバカほど貧しくなる

 

 

書籍レビュー 『あり金は全部使え』 堀江貴文

 

 

土曜日が暇すぎて堀江さんの著作を読みました。

堀江さんの著作を読むのは二作目です。

 

 

 

【概要】

おっす! オラ堀江!

 

ひゃーーー、日本のみんな見渡してみっと、みんな貯金が好きでびっくりすっぞ!

アリとキリギリスの話を思い出してみろ!

あれはコツコツ働いて貯蓄したアリが夏の間中楽器引いていたキリギリスに対して、冬に飢え死にしそうな時に手を差し伸べないという寓話だな!

要するに「貯金」の大切さを説いてるわけだ。

でもそれが通用したのはせいぜい16世紀の世界だぞ!

現在ではそれは間違いだぞ! こつこつ働いて貯蓄するやつより、キリギリスみたいに遊びや愉しみを周りに提供できる才能に金は入るぞ! 

 

そこんとこきぃつけろ! ピッコロ! いくらおめえが神コロになっても、ネイルと同化してもセルにもフリーザにも勝てねえぞ! あいつら無駄死に(?)だぞ!

 

銀行預金はやめろ! ほとんど庶民の特になるようなことはねぇぞ! 

そんで優秀な人は組織に頼らないほうが、現代では大金稼げるぞ! 

その意味で正社員の意味はあまりなくなってるぞ! いつ、なんの会社がつぶれるかわかんねぇからな!

(ブログ主からの注:堀江さんは正社員はあまり意味のない、とこの著書で言い切ってますが、少なくともそれは本当に優秀な一握りの人に対してです。ぼくはいま、転職エージェントの業務に携わっていますが、やはり正社員という待遇は圧倒的だと思います。大手企業は特に……)

あと家も買うなよ! すげえもったいねぇ買い物だぞ! 持ち家なんか、税金かかるし、減価償却するし、引っ越しできなくなるしいいことねぇぞ! 

 

あとお金は欲望のままに使った方がいいぞ! 

小遣い制度はやめろ! あれフツーに考えておかしいぞ! 稼いでるサラリーマンが、今月一万円だよ……とか財布見て下向いてるの、どんだけマゾなんだとオラおもうぞ!

 

あと、金で買える時間は全部かったほうがいいぞ!

掃除洗濯はアウトソーシングして、人に任せて、電車には決してのるな! 人生という時間の無駄だぞ!

 

あと、ちんけな節約もやめた方がいいぞ!

昼から迷わずうな重くって、スマホは最高スペック使った方がいいぞ!

あとジムいけ! おい悟飯! お前そんなんだから魔人ブウ編でいいとこないんだぞ!

邪魔なものは捨てちまえ! オラも途中で如意棒は捨てたぞ!

 

あと現在は財産イコール信用(ブランド)だからな!

手柄を人にやって、人助けに金を惜しまず使え! 

そしてほしいものはすぐ買え! それで甘え上手であれよ!

 

そんなとこだ!

 

今回はオラのおすすめの「金」に対する考え方と、「金」の使い方を紹介したぞ!

 

次回もぜってぇ見てくれよな!

 

 

 

 

書籍レビュー 『時間革命』 堀江貴文

Time is Money.

この考えは間違っている。なぜなら、Time is much more valuable than money. やれやれ。時間はお金よりもはるかに大切なものだからさ。

 

 


時間革命 1秒もムダに生きるな

どうも。プロテインはここ数年飲んでいません。

ツナ缶プロテインです。

 

堀江さんの書籍をはじめて読んだのでレビューというか概要をつらつら書きたいと思います。

 

【概要】

おっす! オラ堀江!

ひゃーー、みんな時間に対してすげえ無自覚だとオラ思うぞ!

忙しい、忙しいって言っている人ほど、「他人のための時間」に時間を取られて「自分のための時間」を持てないことがあるんじゃねえか!

それはダメだぞ! 馬鹿だぞ!

おめえはもっと「自分のための時間」を増やすことを意識した方がいいぞ!

「自分のための時間」を増やして、「他人のための時間」を減らしてこそ人生の充実度はアップするからな!

だけど一日が24時間ってのはオラもミスターポポも、神様もピッコロも変わんねぇから、何をしたらいいか、考えたほうがいいぞ!

オラがこのことを意識したのは、けぇむしょにぶち込まれてからだ!

人間に対する罰の本質は時間を奪うことだと、オラ刑務所ではっきりと意識したぞ!

だからオラは、無自覚に自分の時間を奪おうとするやつにはおこっぞ! 激怒すっぞ!

オラは電話をかけねぇし、出ねえぞ! 

電話は相手の時間を自然に奪う行為だからだぞ!

オラは以前、新幹線のなかでも激怒したぞ! 

前の座席のやつが、座席を倒していいか聞いてきたからだぞ! 

そんなでオラの時間を奪うな! 勝手に倒せばいい! オラ怒ったぞ!

あとは隙間時間も効率的に使うことは考えたほうがいいぞ!

現在のホワイトカラーの仕事は、その多くの時間をコーディネート(調整)に割かれている。だから、どうしても隙間時間は生まれてしまうけど、その間にあまり重要でないタスクはかたずけるようにした方がいいとオラは思うぞ!

おう、ベジータ! 大事なことには集中して取り組んで、そうでもないことはマルチタスクでサクッとおわしちめぇ!

あと、常識に縛られて、時間を無駄にするのももったいないからやめた方がいいぞ!

ナメック星でピッコロと同化したネイルと同じくらい無駄だぞ! 結局フリーザはオラが倒したしな!

あと、病気にならないことは、つまり健康であることは病気で時間を取られないことだとオラ思うぞ!

だから、健康の情報については積極的に収集すべきだ!

あとは将来を心配することも時間の無駄だぞ! オラは常に「今」に集中してっぞ!

おう、ベジータ! おめえもぐずぐずと将来のことしんぺぇすんな! お前は将来、娘にうだつの上がらないヘタレになっぞ! サイヤ人の誇りとかすべて消し飛んだクッキングパパベジータになっぞ!

オラも昔、二十歳ぐれぇまでの頃は、「いつか死ぬのか……」って考えては不安になってたぞ! でも、頭ン中やることいっぺぇにして行動しはじめたら不思議とそうした不安はぶっ飛んだぞ! これは仏教の考ぇ方に似てるらしいぞ!

 

今回は「時間」についてひたすら書いたぞ! 次回もぜったい見てくれよな!

 

 

『謝肉祭(Carnacal)』 村上春樹

『謝肉祭(Carnacal)』 村上春樹

 

 


文學界 12月号

 

村上春樹のファンです。

彼の小説はだいたい読んでいまして、何作か彼の文体を真似して小説を書いたりもしました。

そんな村上春樹の新作の短編小説が文學会12月号に乗っていたので読んでみました。

 

 

 

 

 1.感想

久しぶりに読みましたが、村上節が全面に押し出されており、わたしは好きでした。やはり春樹は、「僕」という言葉を使った一人称小説でこそ力を発揮するなぁ、と思います。

 

今回の『謝肉祭(Carnacal)』のテーマの一つは「ブス」あるいは「醜さ」です。

冒頭はこんな文章で始まります。

 

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 彼女は、これまで僕が知り合った中でも最も醜い女性だった。(『文學界』 12月号 p10)

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 セクハラ・パワハラ全盛期のこの時代において、こういうことをサラッと言ってのける春樹はさすがです。あこがれはしませんがしびれます。その後も、

 

 

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 自分が醜いと自覚している醜い女性の数はそれほど多くはないし、それを事実として率直に受け入れ、ましてやそこに幾分の愉しみを見いだせるような女性は皆無とは言わないまでも圧倒的にすくないだろうから。(『文學界』 12月号 p11)

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 と香港のデモ隊のごとく社会に火炎弾を投げ込む春樹はさすがです。

 それでも、今作は秋風のようにどこか哀愁が漂う作品になっています。読み終えたときに、心に少し冷たい風が吹き抜けるような、そんな良作です。わたしは好きでした。少し、物語性に乏しいかもしれませんが。

 2.あらすじ(ネタバレ含みます)

 

「F*」はこれまで僕が出会った中で一番醜い女性だった。だけれども、僕はどうしても彼女にひかれて、しばしば彼女と会っては、音楽の話をした。僕は結婚もしていたけれど、彼女の醜さのために家庭に波が立つことはなかった。

あるとき、「好きなピアノ音楽は何か?」というテーマで僕とF*は話し合う。

そうよ、たった一曲だけとF*はいった。言うなれば、無人島にもっていくピアノ音楽。

僕が挙げたのは、シューマンの『謝肉祭』だった。

その答えについて、F*はなぜだろう興奮していたけれども、結局は賛同して、シューマンの『謝肉祭』について僕らは語り合った。

F*と連絡が取れなくなるまでの期間、僕とF*は熱心にシューマンの「謝肉祭」を聞いていた。頻繁に会っていたけれども、彼女が自分のことを話すことはなかった。僕が何か彼女を聞いても、彼女はあいまいに笑うか、うまく煙に巻いた。彼女は結婚しているみたいだったが、僕は彼女の夫と会うことはなかった。いつも彼女が、夫の不在時に僕を呼ぶのか、夫と離れて暮らしているのかはわからなかったが、彼女の左手には金の指輪があった。それでも、彼女の家にはおよそ夫という男の痕跡が全く見受けられらなかった。

F*と連絡が取れなくってしばらくしたある日、僕の妻がテレビに映ったF*のことを見つけた。彼女は特殊詐欺事件に関与していて、事件の主犯は彼女の夫だった。

僕はそこで激しいショックを受けた。彼女の夫が、まるで職業モデルのような端正な顔だちだったからだ。

もちろん、僕だけではなく、テレビのニュースを見ていた多くの人々がその大型詐欺事件の主犯である端正な顔立ちの夫と、実に醜い顔をした妻とのイメージに好奇心を引き付けられ、あるいはショックを受けたかもしれないけれども、僕のショックははるかに個別的なものであり、局所的なものだった。

それきりF*は僕の生活から消えてしまった。

それよりもずっと前の話。

僕はかなり容姿のパッとしない女の子とデートしたことがある。友達に誘われてダブルデートをしたのだが、その際の友人のガールズフレンドの友達としてやってきたのがその容姿のパッしない女の子だった。僕たちの趣味は全く合わなかったけれど、彼女は僕のことをよく知りたがった。

彼女は別れるときに、僕に電話番号が書かれたメモを渡してくれた。

あとでダブルデートに僕を誘った友人から電話があった。この前はあんなブスな子を連れてきて悪かったな、と。ほかに連れてくる子に予定が入って、寮に残っているのが彼女しかいなかったのだという。彼女もわたしでごめん、と謝っていたと。

それは違う、と僕は思って、彼女に電話をかけようとした。けれども、僕は彼女の電話番号が書かれたメモをなくしてしまっていた。こうして、僕と彼女は永遠に会えなくなってしまっていた。

その一対のエピソードは僕の人生の中の出来事だ。

おそらくそれらがなくても、僕の人生はおおむね今通りに進んだだろうし、僕のいる位置も変わってはいないだろう。

それでも、こうした記憶はふいに僕を揺さぶる。身勝手に進み、木の葉を巻き上げ、草木を一様にひれ伏し、そして家々の扉をたたいて回る秋風のように。

 

(完)

 

 

 

 

『青いポポの果実』 三国美千子  あらすじネタバレ 感想


新潮 2019年 12 月号 [雑誌]

 

 

『青いポポの果実』

 

 

昨年『いかれころ』で新潮新人賞。そして同時に三島由紀夫賞も受賞した三国美千子さんの新作が『新潮 12月号』にあったので読みました。

 

 

 

1. 感想

これ、芥川賞候補行くんじゃないですかね?

 

先に言ってしまうと、古市さんの『奈落』よりも全然面白かった……

古市さんの『奈落』も三国さんの『青いポポの果実』も両方家族のことが描かれている物語で、どちらも家族が少しおかしいのですが、三国さんの描き方のほうがより立体的に家族が描かれていて、古市さんの『奈落』に出てくる家族はどうしても薄っぺらく感じてしまう。凄みがない。

 

もし、古市さんが芥川賞候補になって、三国さんがならなかったら僕は文藝春秋を爆破しにいこうと思う。

 

それくらい面白い「青いポポの果実」おすすめです。

 

ただ少し描写が丁寧ではないので追いづらい。

丁寧ではないという言い方は語弊がありますね。一つのシーンにつき、描写が短いです。

つまり、「どこで」「だれが」「どうなって」「どんな顔をして」「どんな気温で」「どんな天気で」「どんな季節で」がそれほど文字情報として与えられていない。

そのため逆に150枚でこれだけ重農な内容になることが可能だったのでしょうが、やはり少し読みづらい感は否めない気が……

でも読書に慣れている人なら全然平気だが、普段から読んでいる人ではないとドロップアウトしそうな感じ。

村上とは真逆ですね。あの人は一つのことに対してしつこく何度も描写を繰り返すので。

 

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  F*は目を細め、長いあいだ僕の顔をまっすぐ見ていた。それから両手をテーブルの上において組み合わせ、関節をぽきぽきと鳴らした。正確に十回。まわりのテーブルの人々がみんあこちらを振り返るくらいに大きな音がした。三日前のバゲットを膝で折るときのような乾ききった音だった。男女の別を問わず、それほど大きな音で関節を鳴らすことのできる人はそんなにいない。

 『謝肉祭(Carnaval)』 村上春樹 文學界 12月号

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 2.あらすじ(ネタバレあり!)

 

 主人公の「僕」こと山岸七聖は妹の千由(通称ユキ)と一緒に「スパイごっこ」なる、隣人の家を盗み見る遊びに夢中だ。ある日「ポポの木」と僕らがなづけた木がある裏庭に面した家には、半年ぶりに引っ越しして人がやってきた。

 

僕はママのことを雌犬とよんで、軽蔑しているけれども、小学五年生の「僕」の体はどうしようもなく雌犬の体に近づいていく。

 

 パパは「僕」のことを写真にとって児童ポルノとして売ってお金を得ている。そのモデルを断ることはできたのだけれども、ママへの奇妙な復讐心が、物扱いされる嫌悪感に買って、僕は数年後に梅田のアダルトショップで自分の写真を見つけることになる。

ママは知っているけれども、休みの日にパパが家にいるよりはましだから、「僕」が写真を撮られるのを止めない。

 

 ある日「僕」は妹のユキと、そして母と一緒に裏庭に越してきた倉橋さんの家に挨拶にいって、僕とユキはそこで倉橋麻子という高校生とその弟と少し遊んだ。後で気づくことになるのだが、あのとき「僕」は麻子さんが好きだった。

 

 ある日「僕」の家には、新しく小学五年生の担任になった水谷瑞枝がやってきた。母に「一度専門機関で診察を受けるべき」だとアドバイスしたらしい。

 なぜか「僕」は妹のユキと自分たちの置かれた状況について話すことはなかった。妹のユキはたまに布団で「僕」にキスをする。

 

 またある時期、担任の水谷瑞枝の差し金で、僕は医者に連れていかれた。衣服を脱がされ、股を広げられて、僕は女の子である診察をされる。僕は悪魔に憑かれたエクソシストみたいに、裸のまま医院の診察室をめちゃくちゃに破壊した。

 

 ユキはある時期まで、家族の中で最も成功するだろうと思われていた。大きくなったらひとかどの人物になるだろうと。ある日、いつものように「スパイごっこ」をしていると、のぞいていた家のうちの一つで、痴話げんかが行われているのを見る。ヨーコという女が打たれて警察に電話をかけようとする「僕」にユキは「やめときな」という。

「ヨーコ死ぬで」

「観察対象にはかかわれん主義なんよ」

「僕」はここでユキが、まるでバッタやダンゴムシを観察するように隣人を除いていたことを知った。

 

 

 ポポの木がある倉橋家には赤ちゃんがいた。誰の赤ちゃんなのかはわからない。ただひょんな会話から僕は麻子がもう赤ちゃんを産めないことを聞く。十七歳の彼女のへその下には、縫ったような跡があった。

 倉橋家に遊びに行った際、「僕」はポポの木の果実を麻子に差し出される。その果実はまだ熟れてはいなく青く、「僕」は食べることを拒否した。

「いらん」

「ポポなんか果物やない。毒があって、子供がうめなくなるらしいよ」

 それを言っても麻子に無理やりに口に含まされる。

「僕は、大人になっても絶対に子供なんて生まないから平気屋で」というと麻子も

「私だって平気。一回お腹を切ったせいで、もう産まれへんもん」

 

「首でもつって死んでくれない? いなくなったほうがよっぽど親孝行よ」

 雌犬(母)にそういわれた「僕」は荷物の一切合切を庭に投げられた。

 土曜日が来て、ユキがいないのに気が付いた「僕」はユキの観察日記を見る。「団欒」という文字がところどころに書いてあった。それは観察対象に家にあって、僕らの家にないものだった。そして一週間に一度、¥の文字がかかれているのも見つける。

「僕」は全身の力が抜けてどうにかなってしまいそうだった。

アパートの一番奥の部屋、通称チャールズ夫妻と「僕」が名付けた夫妻の部屋で、ユキは裸になってアニメを見ていた。雌犬がアニメは一日30分とした愚かな教育の結果だ。ずいぶんと派手にチャールズはやらかした。ユキの真っ黒な髪の毛にも濁った白い液体は付着していた。

 

「僕」は溺れて死のうとしたけれども、結局は助けられた。助けられて麻子の家に連れていかれて、麻子と二人っきりになって「僕」は、裸のまま麻子の体に絡みつく。

「目が覚める。あなたは子供のまんまやけど、次のものになってる」と麻子が言った。

「僕」は自分の中の雌犬にサヨナラを言った。

 

「僕」は小学六年生になると「わたし」になった。胸が膨らんできて「わたし」は疑われる余地もなかった。

 

「わたし」は肉と骨だけに痩せこけてしまうまで、父に犯されていた。それは台風の日に屋根を身にきた祖父がそこにある大量のウィックや制服を見つけるまで続いていた。

 

「わたし」逃げるように家をでて結婚する。そうして子供時代に何かが壊されしまった「わたし」はしかしいずれ夫である男を本当に愛し、また受け入れることができるのだろうと思う。彼女は辛抱強く、優しい人だから。 

 

 その時にこそ「わたし」は、あの十歳の自殺未遂を図ったあの日に、麻子という十七歳の少女がわたしにもたらしさ優しさの正体がわかるのだろう。

 わたしは知る由もなかった麻子のやさしさを思い、彼女のそばにいて、守ってくる人が一人でも多く、と祈るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

【感想】『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』

吾輩は傷心である。近所の蔦屋書店に行ってみると、黄色い本が文芸書の売り上げ一位鎮座していた。

 

 

この本である。

 

 


ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

副題はThe Real British Secondary School Days.(副題の邦訳は英国中学校のリアルな日常)

 

※タイトルの由来:英国人の夫と結婚した、日本人のわたし。息子の部屋に掃除に行くと、机の上に国語(English)のノートが開かれたままなのを見つける。そのノートには赤ペンで添削されていた。息子はBlueの意味を『怒り』と書いてしまったのだ。わたしは夕食時に息子とそのことを話したことを思い出した。そしてわたしは、Blueが表す感情は『悲しみ』または『気持ちがふさぎ込んでいる』と息子に教えたのだった。これがその宿題か、とみてみると、右上の隅の、小さい落書きが目に入った。

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』

わたしはこの時、息子がブルーの意味を知っていたのかを、いまだに聞き出せずにいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〈簡単なあらすじ〉

ブレイディみかこ氏と英国人の夫の子供はカトリックの名門小学校に通っていた。しかし、子供の生活環境は中学を機に一変することになる。「元底辺中学校」と作中でよばれる英国社会の縮図のような中学校に進学したからだ。そこでブレイディみかこ氏の息子は、さまざまな差別、暴力、現実に直面する。そんな中学校での息子さんが受けた差別や、その周囲での暴力の記録と、それを親子が体当たりで立ち向かう実話。

 

 

 〈感想〉

吾輩は読み始めたのだが、心が痛くてページをめくるのがつらかった。この本はある意味、差別体験の凄惨な現場報告である。この本に書かれていることは紛れもなく世界のどこかで起きている事実であり、そのことが胸を(非常に安易な言い方で申し訳ないが)締め付ける。苦しくなる。

 

自分のことになって申し訳ないが、吾輩はオーストラリアに一年と、アメリカに半年、そしてニュージーランドに半年いたことがある。

 

大体それくらい暮らすと、どこの国でも差別があることを理解することができる。そして、吾輩が属していた大人の世界でもそうなのだから、子供の世界ではもっと厳しいのだろう。

 

そんな凄惨な現実が本書には収められている。

 

正直な話、なぜこの作品が文芸書の売り上げで一位を取っているのかが理解できない。

 

いや、内容が悪いわけではない。この本は日本で発売することに大きな意味がある。

なぜならば、この本を英国や、アメリカ、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドで発売したところで、大した反響は得られないのだろう。

 

だってそこにはなんら目新しさもない、彼らが目にしている現実なのだから。

 

田舎の中学校の普通のいじめをただ書き綴った本は売れないだろう。

 

でも、だからと言って、この本に書かれている内容はつらすぎる。

 

この本に書かれている差別、暴力、偏見の問題の根本はおそらく解決されない。

 

時代がどんなに進んでも、テクノロジーがどんなに進歩しても、この本の中の暴力はなくならない。

 

なぜなら、人間は自分より弱いものをいたぶることに快感を得る生き物だから。

 

そして人間は狡猾だから、自分より強いものに立ち向かいなんてせずに、その集団の弱いものを見つけていたぶるから。

 

この文字を打っている今も、涙が出ているし、本当はネタバレを書きたかったけど、全部読むことができなかった。

 

つらすぎた。どういう思いでみんなこの本を読み進められるんだろう。

 

オーストラリアの街並み歩いて立って、「ニーハオ」と声をかけらるし、酔った兄ちゃんが犬を見て「おぉ、中国人の餌じゃあないか!」と叫んでいるのもみたし、「アジアンの顔ってみんなかわいいよね」とか片思いしていた子には言われるし、いつもどこかの交差点で土下座をして物乞いをしている白人のホームレスに、アジア人が笑いながらマックのポテトを投げつけるのも見てきた。

 

「心を揺さぶる」という意味では間違いなく名著。

 

でも、吾輩にとっては、人間の醜さを掘り起こされて、まざまざと見せつけられる、という方が正しい。

 

いい本には間違いない。

 

でも、なんで、どうしてみんなこれを読めるんだろう。つらくないのかな。

 

感情をぶん殴られる本。

 

【日記】 最終面接と熊野への旅

 

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旅の途中で出会った面白い喫茶店の看板

過去は忘れてください……

 

 

 

 


吾輩は最終面接だったのである。わざわざ大阪まで行って面接を受けてきた。

ずいぶんと背の高い人事担当者に導かれて、吾輩が部屋に入ると、四人の大人がいた。

その中央に、社長がいたのである。

社長にはまず、吾輩の名前の由来について聞かれたよ。名前の由来を答えたら、社長は関心しておった。お母さんありがとう。

その後は自動運転の話、そのあとに社長のありがたいお話……と続いた。社長のありがたいお話の時間は長かった。ガンジーの職業は何か? と聞かれて答えられなかったなぁ。弁護士だったそうだ。

吾輩は聞いたことには的確に答えようとした。でも、社長のお話の時間は長かった。しゃべっている割合でいうと、吾輩:社長=3:7ぐらいだったと思う。

 

 

で、面接が終わって駅についたのが五時くらいだった。

 

大阪から一時間いったくらいの駅が最寄りの駅で、路線図を見ていると終点が和歌山とあった。

 

吾輩はここで大阪と和歌山が隣あっていることを知った。絶望的な地理感覚である。

 

明日は朝からバイトがあるにも関わらず、吾輩は迷わず和歌山行きに乗った。

 

 

そうしたら、ものの30分くらいで和歌山についた。和歌山初上陸である。

 

 

以前、子供に人気のyoutuberが何かの企画で北海道にいくというのを見たが、その動画のコメント欄に「北海道に来てくれてうれしいです!」と書かれているのをみてびっくりしたことがある。

 

すごいなぁ。

 

もはやYoutuberは芸能人、いやそれ以上だ。

 

 

もちろん吾輩はYoutuberではないから、誰もなにも歓迎してくれなかった。

ただイルミネーションと和歌山駅があったよ。

和歌山駅の周りにはイルミネーション以外に何もなかった。

  

 

スーツ一着だけで来たから、革靴のせいで足が痛いんだ。

 

明日は熊野古道に観光にいくから、スーツはまだしも、靴を買っていきたいんである。

 

これから30分あるいて一番ちかい古着屋に行ってこようと思う。

 

 

≪以下旅先の写真≫

 

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面接会場から30分くらいでついた。

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くら寿司の本社にはいけすがあって、魚のロボット⁉ が泳いでいた。写真に写っている赤いのと銀のがロボット。

実際に見ると不気味。

開発者の狂気を感じる……

なぜ魚型ロボットを作ろうと思ったのか……

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安すぎるラブホテル。 

この広告みたときこっち泊まっときゃよかったと思った。

もちろん一人だが。